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ちしきの金曜日
 
そこに野菜はないだろう


 道を歩いていると、ごくまれに野菜が落ちていることがありますよね。あるよね。

 ちょっと自信がないのでフランクな口調で語りかけてみたのだが、いかがだろうか。個人的には半年に一度ほどそうした場面を見かけることがある。

 普通そこに野菜はないだろう、というところに野菜があることの違和感。無駄なドラマ感がそこにある。

 あの微妙な感じを再現して、世に問いたいと思います。

小野法師丸



●きゅうり・オン・ザ・ロード

  そのときたまたまカメラを持ち合わせておらず写真を撮ることができなかったのだが、ひと月ほど前に路上で見かけたのはキュウリだった。

 ドキュメントでないのは申し訳ないが、雰囲気を味わっていただくため路上のキュウリを再現してみた。


あれ、なんか落ちてるぞ


これは…


キュウリだ!


 ソリッドなアスファルトに打ち捨てられたキュウリ。うれしいのかそうでもないのかを含めて、どうしていいのかわからない。都会と野菜とが路上で交錯する瞬間だ。

 やっぱり誰かの落し物なのだろうか。どこかで誰かが「あっ、キュウリがない!」と思っているのだろうか。

 だからと言って警察に届けるというのもどうなのか。路上にあることでいつもより際立つ野菜ならではのベジタブル感も、見る者をただ戸惑わせる。

 

●ザ・ドキュメント・もやし

 今回の記事、書きながらもあまり自信がないのは、企画を説明した際にウェブマスターの林さんから「道に落ちてる野菜なんて見たことない」と言われたことに起因している。

 そうなのか…。私の野菜アンテナが特別に高いだけなのか。世間では道に野菜なんて落ちてない、というのが一般的な認識なのだろうか。

 自信をなくしたところに、編集部の古賀さんから「落ちてますよね、野菜!」という心強いメールをいただいた。しかも、実際に見たときの写真も添付されているではないか。


ヤラセなしです
モヤシだ!

 やはり実際の現場写真は説得力がある。木の根元にやさしく添え置かれたニ袋のモヤシ。

 やっぱり道に野菜は落ちているものなんだ。モヤシの写真を見て急に自信が湧いてきた自分。今回の記事を書くにあたり、かなり時間をかけて路上を見回しても出会えなかった分、リアルな報告は心強い。

 このモヤシ、うっかり落としたというよりはなんらかの状況下で置かれたような雰囲気を漂わせる。しかし、よく考えてもその状況がさっぱり見えてこない。一体なんなんだ。

 永遠に解けない謎。それが路上野菜の奥深さだと思う。

 

●路頭に迷うベジタブル

 「そこに野菜はないだろう」と言いたくなるシチュエーションとしては、路上の他にスーパーでの迷い野菜が挙げられる。


パン売り場にナス
雑誌コーナーにレタス

 実際の迷える野菜を見つけられなかったため、こちらも再現画像で申し訳ないだが、スーパーの野菜売り場以外のところに唐突に野菜が置いてある場合がある。

 パンを選んでいる最中に、「やっぱりナスはいらないか」と思ってしまった誰かの仕業なのだろうか。それなら野菜売り場に戻せばいいのだが、遠くで面倒なのか、その場に捨て置かれるナス。

 そんなナスを見たことがあって、悲しい気持ちになった。ナスの立場がない。

 雑誌コーナーのレタスにしてもそうだ。こんな野菜を見ると、とてもせつない気持ちになってしまう。お前たちの居場所はここじゃないよな、と言いたくなる。


 

 野菜たちに同情しつつも、いろいろやってるうちにおもしろくなって、惣菜売り場のサラダコーナーにナスを置いてみた。

 同じ野菜カテゴリとは言え、ぶっきらぼうな感じは否めないナス。お前はサラダじゃないだろう。いくらがんばったところで、お前にサラダは無理だろう。

 もしかしたら僕たちは、ナスに自分を投影しているのだろうか。勢いで「僕たち」にしてしまって恐縮だが、野菜に対する思い入れが勝手に湧いてくる。

 

●スーパーを飛び出した野菜たち

 パン売場や雑誌コーナーで異彩を放つ野菜たち。そんな野菜たちが、スーパーの枠を飛び越えることがあったら一体どんな風に見えるだろうか。

 さすがに現実にはかなりあり得ないが、シミュレーションしてみることはできる。


最新プリンタと野菜
カメラ・キュウリ・カメラ

 特にデジタル家電と野菜は普段から縁がない分、落差が大きく異彩の濃さも高まる。一言で言えば、さっぱり意味がわからないということになると思う。

 電気店で適当にニンジンやキュウリを配してみたわけだが、形状の類似性に配慮してみるとまた違ってくるだろうか。


完全にあり得ないとは言い切れない
かなりいい線いってないか


 少し無理目のキャプションをつけてしまった気もしているが、いかがだろうか。ニンジンの形状と固さは、電気カミソリと似通ったものがないだろうか。

 ネギについて言えば、その白さがまぶしくて蛍光管に売り場にふさわしくも見えてくる。

 いや、別に今回は「電気製品に似てる野菜選手権」ではない。やっぱりあり得ないのは否めないか。


「あり得そう」とか無理に思うのはあきらめた

 無理な思い込みはやめて、違和感を楽しんだ方がいい。電話機にタマネギなんてあり得ない。あきらめることも時には大切だ。もうそれでいいだろう。

 電話機とタマネギの「コードレス」という共通点をもってしても、無茶してるのは否定できない。

 やはり野菜には野菜売り場がよく似合う。無理なことをしてみて改めて当たり前のことの大切さに気がつくというのは、人生においてよくあることだと思う。

フィットしてるけどそこはきみの場所じゃない

●野菜がもつ無限の広がり

  路上やスーパーで、ときどき次元を超えて存在する野菜たち。野菜本来がもつカラフルなフォトジェニックさが、違和感をよりかき立てるのだと思う。

 それでいて漂う哀愁。見る者を「どうしてこんなところに…」と絶句させるたたずまい。

 自分たちではどうすることもできない無力な野菜たちを見て、言葉にできない思いが胸に去来する。そのせつなさに耐えつつ、これからも迷える野菜たちを見守っていきたい。


 

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