いったい何回噛んでいるのか

人によっては「100回噛むのが理想」と言うが、100回。…気の遠くなるような数字だ。しかし、よほど健康に気を付けている人でなければ、噛む回数を数えながら物を食べる人などいないのではないだろうか。

かくいう私も、自分が物を飲み込むまでの回数を数えたことがない。いったい自分は何回噛んでいるのか。

早食いを自覚しているだけに回数は少なそうだが、果たしてどれくらいなんだろう。まずはそれを知ることから始めてみようと思う。

ターゲット食材は、カレーである。

「カレーは飲み物」という言われ方をされるほど、カレーはアッという間に食べ終わってしまう食べ物の代表だ。

これを私は、いったい何回噛むのか。

今回の咀嚼実験には、友人のなかで最も食べるのが遅い中村さんに付き合ってもらうことにした。きっとこの人は、よく噛んで食べているに違いない。だから遅いんだ。きっとそうだ。そうに違いない。

まさか「食べるのが遅いから比較のために」とも言えず、彼女には「今日は私と一緒にカレーを食べてほしい」とだけ伝えてある。

「デニーズでカレー？」と訝しがりつつも「いいよ」と指定のデニーズまで来てくれた。さっそくカレーを注文。

あまり噛むことに意識が集まらないように、いつもの通りに自然に…と心掛けながらカレーを口に入れ、噛みながら数え、そして飲み込んだ。

…３回だった。

思わず「えーっ！　３回？」と声が出る。予想以上に少ない。噛むというより、ごはんの塊ををほぐす、といった方が正しいかもしれない。

驚いている私に、中村さんが不思議そうな顔をしながら「どうした？」と聞いてきたので、ここで初めて企画意図を説明することにした。

「そうかぁ、３回かぁ。でも私もそんなに多くないよ（食べる）…うん、10回も噛んでない」

意識して食べてみると、どうも私の場合「噛み終わった→飲み込む」という流れではなく、どちらかといえば「噛みながら飲み込んでます」というものだった。

中村さんも「あ、そうだそうだ、私もだ」と同意してくれたので、多くの人が「噛む」という作業と「飲み込む」という作業を、同時に行っている可能性が出てきた。

そうだったのか…と認識を新たにしながら、やはり３〜５回噛んだ時点でカレーはどんどん食道へと吸い込まれていく。と同時に次なるカレーが口の中へ入り、噛まれながら飲み込まれていく。ああ、この魅惑の流れ作業よ、いつまでも…。

しかし、幸せな時間は長く続かないものだ。５分で食べ終わった。

中村さんは、まだ食べている。

いつもは彼女のペースに合わせ、私もゆっくり食べることにしているのだが、今日ばかりはそれこそ「飲む」ように食べてしまったので、もうやることがない。

「食べるの、遅いよねぇ」と言いながら、いろいろと話を聞いたところ、

• 食べるのって疲れるんだよね、アゴとかノドとか
• 味も飽きるし
• 家では、食べながら休憩したりする

などと、驚くようなことを言っていた。まったく信じられない。食べながら休むって、あんた子どもか？

私の３倍の時間がかかった。いや、でもこれが普通なのかもしれない。たぶん私が早すぎるのだ。もっと噛んで、ゆっくり食べなければならないのは私の方なのだ。

よし、100回噛んでやろう。この同じカレーを、100回ずつ噛んで食べてみよう。

軽い気持ちで翌日、再びデニーズへ出向いた。そこに地獄のような時間が待っているとも知らずに。