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はっけんの水曜日
 
チェコに、おばけを探しに

(text by 大塚 幸代



成田空港、北ウィング。
チェックインカウンターの長い列に並んでいるとき、エールフランスのパイロット達が、割り込んで、中のほうに歩いて入っていった。
ふんわ〜。すごい香り。
全員、香水を付けていたのには、ちょっとびっくりした。
キャビン・アテンダントのお姉さんからたちは、匂わなかったので、「エールフランスは操縦室だけ、すごいことになってるんだな」と想像した。
「すごい匂いだったねえ。でもこれから私たち乗るの、ブリティッシュ・エアウェイズだから、関係ないけどね」
「関係ないねえ」
「そういえばブリティッシュ、先週、ファーストクラスで死体が見つからなかったっけ?」
「ああ、誰かが機中でお亡くなりになって、それに気がつかなかった、とかいう話でしょ?」
「私らエコノミークラスだから、ファーストに乗らなきゃいけないような繊細な客はいないから、大丈夫だよ」
「そりゃそうね」
「…にしても、大塚さん、荷物少なくない?」
「下着とトップスと、ユニクロのヒートテックのキャミソールくらいだよ。だって、パンツとかは、洗って乾かせばいいし。チェコって、乾燥してるんだよね?」
「そう、乾燥してるとこが取り柄ですよ」
「そんなことより二人とも、荷物、でかすぎない?」
「忙しくて、朝、荷物突っ込んで、そのまま来たんですよー」
「わたしも! 化粧水、そのまま持ってきた! あとコートと上着2枚!」
「えー」


搭乗券に載ってた、「これはダメ」リストのピクトグラム。ガイコツ、うす笑い。

3月21日から一週間。私は、友人、チェコ総合情報雑誌「UKR(ツックル)」編集長・梶原さんと、某出版社勤務の編集者・ニシさんと一緒に、「女3人・ぶらりチェコの旅」というのを、決行してしまったのだ。
海外旅行は、約3年前に、クジで航空券が当たって行った、ベトナム以来だ。
ベトナムになんて、本当は行くつもりじゃなかった。「次、海外だったら中国かタイに行きたいな〜」と漠然と思っていたのに、なぜかハノイとホーチミンを一人旅した。それは結果的に、人生の視点を変えるような、強烈な旅になった。
チェコに関しては、「ツックル」に寄稿していることもあり、「一度は行かなきゃいけないな」という興味はあったせよ、あまりに遠すぎて(そして渡航費も高すぎて)、「行こう!」という踏ん切りがつかなかった。正直に言えば「行きたい国ナンバーワン」ではなかった。

それは、今年2月10日、私の誕生日にさかのぼる。
人生でいちばん楽しい誕生日になる予定だった。
なぜか、そうはならなかった。
私はドーン、ドカーン、ドンガラガッシャーン! と、落ち込んでいたので、ニシさんが「じゃあ一緒に飲もう」と誘ってくれて、新宿で中華をおごってくれた。

2件目の立ち飲みフレンチ屋で、「ホロホロ鳥のなんとか煮込み」をつまみながら、3杯目のグラスワインを飲んでいるときだった。
「……大塚サン! 傷心には、旅行でしょう!!」
「旅行…かなあ」
「私、会社の年度末に、まとまって休みがとれるから、一緒にどこか行きましょうよ! 一週間くらい!」
「ああ、いいねえ、旅……いいかもね」
「どこ行きたいですか?」
「うーん、上海か大連かバンコクあたりかな…」
「……いや、アジアなんか3泊くらいで行けちゃうじゃないですか。もっと遠く、遠く。……そうだ、チェコ行きましょうよ、チェコ!」
「え!?」
「いま、梶原さんに電話するー!」
酔っぱらいが、携帯電話を取り出した。
梶原さんは、私とニシさんの、共通の友人だ。友だち……なんだけど、実は梶原さんは、「こないだ、来日したチェコ大統領と謁見したよー」というレベルの、チェコ的VIPだったりする。もちろんチェコ語が喋れる。
「…梶原さん、その時期なら動けるので、チェコを見て欲しいから同行しますよ、って言ってますよ!!」
「まじで!?……そ、それって、通訳兼ガイド同行の旅、ってことになりますよね、ぜいたく……」
「こんな旅行、今、このタイミングでしか出来ませんよ!?」
「そうかもなあ。みんな忙しいし。そうだろうなあ。そりゃそうかもしれないけど……でも、今、お金、あんまりないんだよ、いろいろあって…本当にいろいろあって…」
「じゃあ、飛行機代オゴーる!!」
「そういうワケにはいかないでしょ!」
「とにかく決定! やったー! わーい楽しみ!!!!!!」

なんだか分からないうちに、チェコ行きは決まっていた。
いつも、何かに巻き込まれがちな体質だ。
今回もそうだ。でも別に嫌な予感はしなかったので、「こりゃ、ご縁があるんだな」と思うことにした。

日本からチェコへの直行便はない。そもそも3月の飛行機は、「卒業旅行」と「年度末旅行」の人々で、空席が少ない。
大韓航空は安かったが、日程的に合わなかったので、欧州系航空会社の最安値を探した。
ニシさんが「エアロフロート(ロシア航空、大雑把な運転とサービスで有名)だけは、安くてもヤダー!」というので、ブリティッシュ・エアウェイズで、ロンドンのりかえ、プラハ行きの便を予約した。11万円也。飛行機代はニシさんに立て替えてもらって、確定申告の還付金が帰ってくるときに、返すことにした。「還付金一括払い」と、個人的に名付けた(還付金は、自営業者にとって、一種ボーナスのような感覚だったりする、税金返してもらってるだけなのに!)。

成田で「最後の和食(?)」として、担々麺を食べながら、搭乗時間を待つ。


空港のゴハンは、高くてまずい。でも、うまい。「海水浴場で食べるラーメン」みたいな、特別な魔法がかかっているのだろう。くやしい。

「そういえば、液体は機内持ち込み荷物にしちゃ、いけなかったんだっけ…? 小分けにして、ジップロックに入れなきゃいけない、とかいうルールが、今年始まったんだよね…?」
「あ、そうか、大塚さんの荷物だけ、機内持ち込みだもんね。私たちみたいな、預ける荷物だったら、液体入れてもいいんだよ」
「じゃあ、すまないけど、このアロエ化粧水と、ファブリーズ、その鞄に入れてくれる?」
「いいよ。っていうか、ファブリーズ!?」
「……欧州は乾燥しているし、まだ冬だし、だったら一週間同じジーパンはいちゃえ、でもそれじゃナンだから、ファブリーズは持参しよう、という姑息な作戦を考えてきたのよー」
しかし、ジップロックの株って、これで上がったりしているんだろうか?

機内に乗り込む。離陸するときはいつも、「早く空中に行きたい」と思う。地面から離れて、ふわっと身体にGがかかる瞬間にときめく。でもほんのひとさじ、恐怖が入っている。

私たちの座っている席のキャビンアテンダントさんは、残念ながら綺麗なお姉さんではなく、ガタイのいい男性であった。エキゾチックな顔立ちの人だったが、「ナニ系英国人」なのか、私にはさっぱり分からなかった。
他の席を見ても、男性のスタッフが多い。テロ対策なのかもしれない。
ミールが配られる。私は語学に対して、極端に自信がなく、さらに旅行時はひどく緊張してるので、「チキン? ビーフ?」と訊かれるだけで、ストレスがたまったりする。ビアーを飲んでも、ほぐれない。
梶原さんは語学を学んでいる人だし、ニシさんは海外出張慣れしているようで、かなりリラックスしていた。わたしは自分のガチガチっぷりが恥ずかしく、さらにガチガチになっていた。

ミールは…チョコレートケーキとサンドウィッチとマフィンだけ、美味しかった。さすが英国。


左、テリヤキチキンは、味が濃いめであった。ビール飲んでたのでいいんだが。右のサーモンは、なんというか、ampmのチンしてもらう弁当に、似てた。

軽食は、箱入りでコンパクト。弁当好きの日本人としては、なんとなく萌えツボ。

チョコケーキ、ソースはラズベリー。でも本当のことを言おう。美味しいといっても、味はサンマルクカフェ級だ。ま、それで充分だが…。

よほど疲れていない限り、ベッドがないと眠れないタチなので、ずっと起きていた。
翼の横の席だったので、何度か窓から、写真を撮った。


世界地図でいうと、日本からグイーンと斜め上にあがって、上のほうをひたすら、飛んでいきます。めちゃくちゃ寒そうな景色が続きます。こんなところで不時着したくない…。

ちなみに到着時、この翼はまるで羽根のように、複雑にカクカク動いた。間近で見たことがなかったので、びっくりした。ほんとに「鳥っぽい」動きだった。メカ鳥。

機内サービスでの映像の、映画を2本みた。字幕がないので、字幕なしでも分かるやつ、「ドリームガールズ」と「ナイトミュージアム」を選ぶ。子供向け映画の「ナイトミュージアム」を見ながら、「飛行機内映画って、バカな映画のほうが、いいなあ」としみじみ思った。間違ってもパニック映画なんか観たくない。

二人が眠っている間に、ガイドブックを読み込んだ。
行く前に、梶原さんに「プラハの秋葉原とか、プラハの原宿とか、プラハの日暮里とかに行きたいんだけど、そういうトコ、ないの?」と訊いていたのだが…「ないですねえ、繁華街になってるプラハの中心部自体が『渋谷区』とか、そのくらいの大きさしかないので…」と返されていた。
大きめの国に行くと、それなりに、「若者の街」や「専門業者の街」があるものだけれど。私はそういう場所が好きで、居るとラクだ。日本との相似点を見つけると安心する。でもプラハには、そういう分かりやすい、自分とリンク出来るとっかかりが無いらしい。これは難しい。
パラパラとページをめくる。
「プラハは古都なので、カッパなどの、おばけが出ます」
との記述発見。
おおおおおおおおおおおお!!!!!!!!! 
カッパは、わりと好きだ!
目を覚ました梶原さんに、「これ本当!?」と興奮して訊いてみた。
「あ、それはカッパといっても、日本の可愛いカッパと違って、基本、水死体ですねー」
「ええ………水死体!?」
「それで、色がこう、変わってるっていうか…」
「そいつは悪さをするの!?」
「しないですねえ」
「出っぱなし!?」
「そう。プラハのおばけは、みんな出っぱなしですねー」
なんなんだ、それは。

ヒースロー空港に着いたのは、日本時間の夜中2時。なにげなく自分の携帯を立ち上げてみたら、バリ3でアンテナが立っていた。


ボーダフォンUKの表示が! うわ!

私の携帯、手続きナシでも、海外で使えるのか、知らなかった。
思わずmixiにアクセスして、「ヒースローでトランジット中でーす」なんて書き込む。ネットってすごい。


ヒースローのトイレの、手洗い場にて。「メイビー」って何よ、メイビーって!?

ヒースローはトランジットでも、荷物検査は厳しかった。すべてを抜けて、搭乗口まで行くところで、梶原さんがスキップを始めた。スキップ!? 十数時間飛行機に乗って、クタクタに疲れてるのに!?
「もうすぐ、私の領域です。はやくプラハに戻りたい!!」
この時点から、なんとなく日本国内で知ってはいたとはいえ……梶原さんの信じられない程の「チェコ愛」を、見てしまうことになる。

プラハに着いたのは、日本時間の明け方。現地時間の午後23時過ぎだった。
ホテルまでの送迎タクシーの、やたらめったら陽気なスキンヘッドのお兄さん「マルティン」が、私にとっての、チェコでの初チェコ人であった。
助手席に梶原さんが乗る。流暢なチェコ語で彼と喋る。
「飛行機が遅れたみたいだったから、君らを待つ間、ビールを3杯も飲んでしまったよ、ハハハ、と言っていますよ」
えーと……。さすが、ミネラルウォーターよりビールが安い国!
内容は分からないが、明るい明るいトーク。めちゃ荒い彼の運転。信号でも停止線、超えまくり。こちらもアハハハハハ、と笑うしかなかった。疲れていたせいもあるが、不思議とこわくはなかった。
カーステレオから、変わった音楽がかかっていた。ハードコア・パンクなんだけれど、哀愁を帯びたようなメロディ…。
梶原さんに、これ何の曲? と訊いてもらうと「アルメニアのバンド、システム・オブ・ア・ダウンだよ」と教えてくれた。
アルメニアかー…夜のプラハ郊外、「うきゃー」とか「むぎょー!」なんて音楽とともに、車は走る。
暗いので、まだ街の雰囲気は分からない。

ホテルは繁華街から少し離れたところだったので、いわゆるロマンティックな建築物なんかは見えず、遠い街の灯しか分からなかった。広くて清潔なトリプル部屋に、チェックインして、部屋に入る。
冷蔵庫には、もちろんチェコビールが置いてあった。
「あ、コゼルがある。コゼル飲もう!!」
ニシさんが、スポン、と栓を開ける。
コゼルは、パンのような、麦わらのような独特の香りがした。ひとくち飲むごとに、鼻と喉の奥の間に、ふわりと、匂いが漂っていた。
口をつけた瞬間、「うわー、美味しい!」とニシさんは言った。
でも私は、まだ舌のチャンネルがチェコにチューニングが合っておらず、「……変わった味のビールだなあ」と、ただ、思っていた。

「お風呂順番ジャンケン」と、「どの位置のベッドで寝るか」ジャンケンをした。
既に変な旅テンションになっていて、意味も無い会話で、爆笑していた。
渡航13回目という頼もしい、クレバーで明るい、強力ガイド梶原さん。そして、少女のように「楽しい」「美味しい」と笑顔で素直に口に出すニシさんといるせいか、私はいつもの海外旅行の初日夜より、緊張していなかった。
ひとりだったら、言葉も分からない国で強ばって、チェックイン出来ただけでドッと疲れていたことだろう。

ベッドに横になりながら、「なにはなくとも、トイレという単語だけは覚えよう」と思って、「旅の指差し会話帳」を開いた。
「ザーホット、か…。覚えられないなあ。何かに関連づけて覚えようかなあ。ザーホット、ザーホット、うーん、『熱いものが、ザーッと流れる』っていうイメージはどうかなあ…」
我ながら、どうかと思う記憶法だ。
しかし、おかげで『ザーホット』だけは、ばっちり覚えた。

さあ、旅はこれから(つづく)。

取材協力:チェコ総合情報誌 「CUKR[ツックル]」

完売してしまった1&2号を再構成、加筆した『別冊CUKR[ツックル]チェコってやっぱりアニメーション?』が発売中です。大塚も寄稿してます、宜しくね!


 
 
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