Kさんは落ち込んでいた。
「前回、前々回にチェコに来たときも、試合見れなくて。今度こそ! と思って、オランダの業者からチケット手配してもらって、今回だけは万全! と思ってたんですよ。でも昨日、『ダブルブッキングで、チケット用意出来なかった、ゴメン』という連絡が来たんですよ!!」
「えー!! で、試合はいつ?」
「明日…」
「えー!! なんじゃその業者!!」
「もう縁がないんだと思います、もう駄目なんです駄目なんです駄目なんですううう…」
サッカーのことは分からないけど……「服やメシ代はケチっても、ライブや観劇代はケチらないぞ、見たいイベントを見れないで、何の人生なんだ!」と思っている私には、彼女の痛みがギシギシ分かった。
「チェコ語で『ダフ屋』って何て言うの? っていうか、いるの?」とイジーさんに訊く。
「ダフ屋、という言葉はないですね。でもチケットを転売する人はいますよ、会場前でも」
「それだ! 絶対なんとかなる! な、なんとかなりますって! ジャパンマネーを叩き付けてやれー!」
「なりますかねえ…」
根拠なく励ますしかなかった。
そんな落ち込む彼女の横でも、チェコビールで酔っぱらった私たちは、楽しく会話をしていた。
「日本の古典で、どのあたりが好きですか?」とニシさん。
「古今和歌集ですね」とイジーさん。
「ですよね! それまで、文字の形が試行錯誤していくんだけど、古今和歌集あたりでいちばん美しくなるんですよね! 心もこもっていて」
「それが、古今和歌集以降、文字の形はキマっているんだけど、心がこもっていないというか…形骸化というか」
「様式美になってしまうんですよ!」
そんな話を酒飲みながらしている人は、日本にも少ないだろう。
私は「古今和歌集、名前しか知らねー!」と思いながらも、適当に会話に混ざっていたのだが、
「それって超ナントカカントカで、ナントカ系ですよねー」と適当な言葉を言ってしまうたび、イジーさんが少し、キョトンとした顔をしているような気がした。
「うわ、自分が喋っている言葉って、スラングだらけで美しくなくて、聞き取りにくいんだ……」と、途中で気が付いた。
イジーさんは最後に「サムライ」の話、武道の話をしていた。
「チェコでも、日本の武道をしている人がいます。この間、その人が独自に考えた、武道についての文章を読んだんですけど、僕には違和感があって……」
「何が違うんですか?」
「僕も勉強中なので、自信がないんですが、分かる範囲で言えば、武道は『無』になるためのもので、『自分』を出していくことじゃないと思うんです。
身体を動かして、修行して、何かに集中していく過程で、人は自分が何者だとか、そういうことがそぎ落とされ、『無』になっていく。そこが美しく、僕が憧れているところです。
チェコ人は、どうしても『自分』を入れてしまうんですよね」
……むずかしいことを言う。
でも、異国の人に言われないと、分からないことって、とんでもなくたくさんあるんだろうなあ、と想像した。
帰り、「日本で逢いましょう」と、イジーさんと握手した。
「明日、人骨で出来た、あの有名な教会を見に行くんですよ」と言うと、「むかし、学校の遠足で行きましたよ」と言われた。
明けて翌日。
ぱらっぱぱっぱらー、と「世界の車窓から」(提供:富士通)のテーマソングを脳内で流しながら、電車に乗り込む。 |