中の人の感想、あるいは私はいかにして真夏に風邪をひいたか
8月の終わり。私、石川大樹は友人であり仕事仲間でもある大北と共に都内の公園へ行き、そこで泥水を浴びることとなった。雲の厚い、蒸し暑い日だった。
泥水を浴びる瞬間のあの感覚は独特のものだ。泥と一緒に体に張り付いた水が、暑さで火照った体から気化熱を奪う。全身がふわりと軽くなったような気がするのだ。一方で、黒い水が下着の中までしみこんでくるその感覚は不快以外の何者でもなかった。自分の体が何者かに侵食されていく感じだ。
泥水は、私の脳天からつま先まで幾度となく降りかかることとなった。そのたびに私の衣服は重みを増していく。蓄積した泥が体から体力を奪い、水分が熱を奪った。約1時間半にわたり、私は泥水を浴び続けた。
すべてが終わったあと、私は公園の水道で髪を洗うことにした。泥だらけの服のまま、水道の蛇口をひねる。水をかけて擦っても、泥は固まるばかりでまったく落ちない。そのうちに近くで遊んできた子供がやってきた。「なにしてるの?」そう語りかけてきた子供の目はまったく透き通っていて、一点の曇りもなかった。というのは私の想像で、実際に彼女の目がどうだったかは定かではない。なぜなら私はその子供のほうを振り向くことができなかったからだ。
その後、服を着替えた私は会社に戻り会議に出席したが、頭から振ってくる黒い粉のせいでまったく話に集中できないでいた。
翌日のことだ。朝、のどの痛みで目が冷めた。起き上がってみると全身がだるく、身体の節々にきしむような感覚がある。悪寒がする。季節はずれの風邪だろう。原因に心当たりはあったが、今はそれについてあまり考えたくない。台所へ行ってポットからお湯を一杯飲むと、私は再びベッドに戻り、眠りについた。すべてを忘れて、今日は眠ることにする。 |