いよいよおじいちゃんの家へ
畑越しの高層ビルが確認できたので、最後の目的地として、祖父の家へ向かった。正確に言えば、かつて祖父の家であった場所である。祖父は5年ほど前に死んでしまって、家も売ってしまった。
祖母が死んでしばらくすると、僕も受験勉強やその他のことでとても忙しくなり、いつしか帰省する回数が減っていった。母は高齢で一人で暮らす祖父に、何度も一緒に暮らそう、と提案したらしい。しかし頑固な祖父は「わしゃ大阪なんか死んでもいかん」と言いだし、かたくなに千葉を離れようとはしなかった。(ちなみに、祖父の生まれは東京都で、千葉が地元というわけではない)どうも自分が同居することによって娘の家族に迷惑をかけるのが許せなかったようだ。
誰かの迷惑になるぐらいなら、一人で過ごしたほうがいい。そんな祖父の気持ちは僕もよく分かる。
祖父はプライドが高く、気高く、そして偏屈だった。
祖父は祖母が死んでからというもの、周囲の町内会などの会合にも足を出さなくなり、家で気ままに過ごした。普通、祖母が死んだら、祖父も後を追って程なく・・・と言うのが世間の常識のようだが、祖父は祖母が死んでから14年も生きた。14年もの間、テレビを見て、出来合いの食事を取り、身体を壊して入院を勧められても拒み、ワシは家で過ごす、と入院を拒否して家で本当にだらだらと過ごした。
祖父の最期の10数年に思いを馳せる
祖父に対する現在の僕の一番の興味は、祖父の晩年、一人で過ごした十数年である。いったい、この決して短くはない期間、何を考えながら過ごしていたのかがとても気になる。貯金もあったし、年金ももらっていたのでお金の心配をする必要もなかった。祖母はもう死んだ。つまり、祖父には一人で過ごす莫大な暇があったはずである。その間、何を考え、どんな行動をとっていたのか。それがとても気になるのだ。
祖父はとても話しかけづらい雰囲気のある人で、子供の僕にはなおさら怖くて祖父に質問することなどできなかった。今は僕も大人なので、祖父に思う存分質問をぶつけられると思う。だが、祖父はもう居ない。だから想像するしかない。
祖父の晩年はそのまま自分の晩年をどう過ごすのか、という意味で自分自身の問題でもある。
ただ、祖父のことを考えて僕が思い至ったこと。
孤独死だとかなんだとか言うが、人生には孤独なんてたいそうなものは存在しないんじゃないか。同時に勝ちも負けも存在しない。どの人生も等しく退屈だ。そして、人生には大いなる暇がある。
祖父はとてもわがままな人だった。しかし、僕は祖父を尊敬している。 |