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土曜ワイド工場
 
聞き役の話しを聞く


誰かと会話をするとき、どちらか一方が話し、もう1人は聞き役に徹する、という状況になることがあります。

その場の状況によって異なるとは思いますが、ちょっと調べてみたところ上手な聞き役は相手の話に横槍を入れず否定をせず、
さりげなく同意したり相槌を打つのがうまいそうです。

でも聞き役に徹している人も、たまには自分のことを話したくなる時があるはずです。
誰かの会話に耳を傾けつつも「私だったらこう思うな…」と心の中で考えていることがきっとあるはずなのです。

そんなふうに話しを聞く事が職業の一部になっている人は、日ごろ言いたくても言えない事が溜まっているのではないだろうかと思いました。
そこにはドラマティックな何かが待ち受けてるに違いない。これは是非聞きたい。

というわけで、人の話しを聞くことが職業になっている人の話しを聞いてみることにしました。

(text by めもる



聞き役といってまず思い浮かぶあの職業

人の話を聞くことが職業の一部になっている職種とはなんだろう、と考えて真っ先に私が思い浮かべたのはバーのマスターでした。

カウンターの向こうでカクテルを作りながら、お客さんの戯言に静かにうなずく。
なんてかっこいいんでしょうか。

そんなマスターの内に秘めた思いを是非聞きたい。でもマスターってそんなにベラベラと喋ってくれるものなのだろうか。
知人にそんな話しを打ち明けたところ「多分あの人なら色々話してくれると思うよ」というマスターの噂を聞きつけ、早速そのお店に伺うことにしました。

 

浅草の繁華街から少し離れたところにその場所はあった
隣には外国人のお客さん。見つめる先にはオーマイキー。

イメージ通りのオシャレな店内

浅草ビューホテルの向かい側の角にたたずむ一軒のバー
「サムライカフェ」。
バーなのにカフェなのはなぜなんだろうと、少々疑問が生じました。これは後で聞いてみよう。

外にはメニューが書かれた立板以外、店を表現する看板は無く、 「侍」と一文字だけ書かれた貼紙が潔さを感じます。

どんな素敵な人がマスターをしているのだろうとわくわくしつつ早速お邪魔しました。

イメージと違ったマスター

入店した時間は夜8時くらいだったため、お客さんはまだまばらでした。

私は田舎出身な上に本格的なバーに入ったことが数えるほどしかないので、見るものすべてがかっこよく映りました。
こういうところでお酒を飲むのが大人のステータスの一つなのだろうか。

ひとまずコロナビールを飲んでいたところでふと目の前にある大きなモニターをみると、そこではオーマイキーが上映されていました。
オシャレなバーとオーマイキー。
マイキーの股間に向日葵が咲いてしまい、お父さんとお母さんに相談するという話しでした。
この場の雰囲気と似つかわしくない映像です。

そしてそれをカウンターの中から眺める一人の男性が。


オーマイキーを見つめる一人のラガーマン

スタッフの方は3名いたのですが、その中で間違いなく一番年上なのはこの男性でした。

つまりこの方がこの店のマスターなのだろうか。でもマスターといったら黒服をきてシェイカーを軽やかに振って…

しかし私の目の前にいるのは間違いなくラガーマンです。

オーマイキーにバカウケしている外国人客を見て「字幕あるからウケてるな〜」とのんびりとした感想を独り言ちています。

謎のままにしておいてはここに来た意味がありません。「ここのマスターですか?」と聞くと「マスターっていうより店長ですね〜」と またのんびりとした回答が返ってきました。

間違いなくこの方がこのバーのマスターでした。


サムライカフェ浅草のマスター鈴木さん(56)

自分の勝手な想像とのギャップに少し衝撃を受けましたが、マスターであることに変わりはありません。早速今回ここに来た趣旨を説明し「マスターのお話を聞きたいんです」と本題に入らせていただきました。

プライベートな部分もあるだろうから話せる部分だけ思う存分話してください、とお願いしたところ…


いきなり強そうなお酒をかっ食らうラガーマン

「いやーそういうことだったらもう素面では話せませんわー」
と自分用のお酒を作り、飲み始めました。
当たり前ですが営業中です。

え、お酒飲んでいいんですか?と仕事中じゃないのかという思いを抑えつつ聞くと、 お客さんは飲んでるから、同じテンションにならないと話しが盛り上がらへんからねぇとのこと。他の店員さんたちもお酒を飲みつつ接客をしていました。

そしてこの短い会話の中で気になったことが、マスターはコテコテの関西弁だということでした。

 

ボトルを物色するラガーマン
マドラー捌きが様になるラガーマン
胴体には「Tip Please」と書かれ、さりげなく置かれた福助。さすが関西人、ちゃっかりしている

56歳、単身東京でバーを始めた理由

私もマスターも程よくお酒が回ったところで早速お話しを聞く側に回ってみました。

Q.いつからこの店をやってるんですか?
A.12月の末にここを任されたから、まだ3ヶ月くらいですかね。

なんと。思いもよらない回答が返ってきました。
3ヶ月前までは別の方がマスターをしていたそうです。この店のオーナーが鈴木さんと友人だったこともあり、前任の方がカナダへ行くことになってマスターがいなくなってしまうからこの店をやらないかと誘われて始めたんだとか。
でも56歳という年齢から考えて、それまで何をしていたのかが気になるところです。

Q.ここを始めるまでは何をしてたんですか?
A.関西の方で経営してた会社がポシャってもうたんですわ。

予想だにしなかった過去の経歴。社長さんだったとは。
しかも関西出身。これでコテコテの関西弁の謎が解けました。

半年前くらいに経営していた会社が倒産してしまい、無職になって途方にくれていたところに友人からこの話が持ち上がり、仕事を何もしないわけにはいかないからと思い切って始めてみたそうです。
でも多少の経験がなければ勢いだけでいきなり東京でバーを経営するのは困難なはず。

Q.じゃあ経営してた会社も飲食関係だったんですか?
A.いやいや、30年近くずーっとデスクワークと外回りですよ。飲食店なんてかじったこともないですわ。

本当に勢いだけで始めたようです。そんなことってあるのか。

ご家族は?と聞くと、奥さんと娘さんが2人いるそうです。
一家の主のこの突拍子もない発想に、当然家族の反対があっただろうと思っていたのですが、これが全く無かったそうで。 「むしろ東京でがんばってこい!ってケツ叩かれましたわ〜」と明るく話していました。

ところでかなり余計なお世話なのですが、勢いで始めてしまったこのバーの経営はうまくいってるのかが気になる、というよりむしろ心配になります。
お店は順調ですか?と聞くと、これがかなり順調だそうだ。

ここでちょっとしたバーの裏話を聞けました。
カクテルは原価が3割、ビールは5割だそうです。つまり、カクテルが出れば出るほど儲かるんだとか。
目から鱗、と思いつつそんなことまで喋ってしまっていいのかいマスターとまた心配になりました。

ちなみになぜ「バー」なのに「カフェ」なのかはマスターにもわからないそうです。そんなもんなのか。

 

もっと聞き役の人の話しを聞いてみたい

普段聞き役に徹しているマスターという立場の人が、私生活から仕事にいたるまで様々なお話しを語ってくれました。

お酒が入っていたとはいえ、会社が倒産したというマスターの背景やお酒の原価率など、結構目から鱗の話しやしみじみするような話しもこんな機会でも設けないと聞けるものではありません。

やはり聞き役の人だってもっと喋りたいんじゃないんだろうか。喋らない人ほどとっておきの物語を内に秘めているんじゃないだろうか。


 

 
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