■水管橋も様々
いつにもまして伝わりにくい鑑賞の喜びかもしれない。でも続けるぜ。
こうやって見ると、やはりパイプビーム形式にはぐっとくる。幅が狭い川ならではの喜びだ。
で、水管橋の中には、トラスどころじゃなく、もっと頼りきった作品もある。
どんなものであれ、水管橋であれば愛したいと思っているぼくだが、正直、こういう頼り系には失望を禁じ得ない。ちゃんと独立してほしい。いまだに実家暮らしのぼくがいうのもなんだが。
それでいうと、上の例などは、水管橋と道路の橋との理想的な関係と言えるかもしれない。つかず離れず。スープの冷めない距離ってやつである。というか、水管って道路に埋設してあるからたいていつかず離れずになるんだけどね。ただ、上のものの場合、ポイントは水管橋の橋脚である。構造的にもっとエレガントな造形がありそうな、存在感だけはある無骨な佇まいは「親元を離れ、家を借りて立派にやっている」といった感じである。がんばれ、一人暮らし水管橋。いまだに実家暮らしのぼくがいうのもなんだが。
■真の箱入り娘
水管橋鑑賞していると、トラス以上に箱入りな作品がちらほらあることに気がつく。
上の写真の水管橋たちを見ていただきたい。どうだろうか。四角い箱で覆うことが構造上も有利であるのは分かる。分かるが、水管橋はやはり円断面であってほしいと思うのだ。だって「管」だよ。水通ってる管って円柱であってほしいじゃん。
あまりの箱入り娘っぷりにいささかがっかりの感が否めない。
一方で、構造上の解決とおしゃれがうまいぐあいに融合した作品もある。
補剛しているのだが、その意匠がなかなかにキュートだ。娘を箱に入れて守るばかりが親の愛ではない。こういったふうに自由におしゃれをさせてみるのもまた優しさというやつではないだろうか。