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ロマンの木曜日
 
蒸留されて水になれ

全ては一杯のコーヒーから始まった

ある休日の朝、私はいつものように目を覚まし、いつものように朝食を取るべくインスタントコーヒーを手に取った。

私の部屋は六畳一間の安アパート。部屋の隅にあるキッチンも、ちゃちな電気コンロと片手鍋、あとはちょっとした調理器具があるだけだ。しかしまぁ、コーヒーのお湯を沸かすぐらいなら事足りる。

その鍋でお湯を沸かし、スプーン一杯のコーヒー粉末を入れたカップにお湯を注ぐ――。そう、全てはそこから始まった。

木村 岳人



私はブラックコーヒーが苦手だ

カップにお湯を注ぎ、スプーンで一回かき回したところで気がついた。コーヒーに砂糖を入れていない。

自慢ではないが、私はブラックコーヒーが苦手だ。いつも砂糖と牛乳をたっぷり入れ、甘いカフェオレ状態にして飲むのが好きである。

私は慌ててシュガーケースに手を伸ばしたのだが……


あぁ、砂糖が無い! なんてこった!なんてこった!

なんということだろう。あろうことか、砂糖を切らしてしまっていた。昨晩、ヨーグルトに砂糖を使いすぎてしまったのだ。

私はコーヒー同様、ヨーグルトにも砂糖をガバガバ入れて食すのが好きだ。当然、添付されている砂糖だけで足りるわけも無く、それに加えてスプーン1、2杯……いや、3、4杯くらいの砂糖を入れ、夕食のデザートとしていた。

もちろん、その時に砂糖が切れたことには気づいたのだが、なにぶん、一晩寝たら昨日の事など綺麗さっぱり忘れてしまう都合の良い頭であるがゆえ、今朝、砂糖が切れていたなどという事には一切気づかず、コーヒーを淹れてしまった次第である。


芳しいコーヒーの香りが恨めしい

無糖のコーヒーなどコーヒーにあらず。ブラックコーヒーなんて飲むくらいなら、お湯でも飲んでいた方がまだましだ。

え、お湯?……あ、その手があったか!

 

蒸留してお湯に戻してやれ

なんてことはない。コーヒーを蒸留してしまえば良いのだ。

蒸留することで不純物、すなわちコーヒー成分を取り除き、お湯だけを抽出することができる。これだ、これしかない。苦いブラックコーヒーなど、さっさとお湯に戻してしまえ。

ところで、蒸留と聞くと、アレだ。中学校の理科の授業とかで、丸底フラスコやらアルコールランプなんかを使ってやった実験を思い出す方が多いだろう。


こういうの、昔やりましたよね

だがまぁ、こんな丸底フラスコやらアルコールランプなど用意しなくても、実は自宅で簡単に蒸留を行うことができる。それこそ、私の部屋にあるしょぼい台所用具だけでも可能なのだ。

用意するものは、鍋と茶碗とボウル、ただそれだけ。


これだけで蒸留は可能なのです

方法はこうだ。

まず鍋の真ん中に茶碗を置いてその周囲に蒸留する液体を注ぎ、鍋の上に氷水を張ったボウルを置く。あとはボコボコ沸騰しない程度に鍋を熱する。

そのようにして熱していると、液体の水分が蒸発して気体となり、鍋の上に置かれたボウルに冷やされまた液体へと戻る。それが雫となって滴り落ち、中央の茶碗に溜まるという寸法だ。


こういうのを、これからやります

 

いざ、蒸留

さぁ、それではこの方法で、実際にコーヒーを蒸留してみよう。まずは鍋に、先ほど作った苦いブラックコーヒーを流し込む。


どばーっと行きましょう、どばーっと
鍋の中に茶碗を置く(汚いコンロでごめんなさい) その上に氷水を張ったボウルを……って、アレ?

なんてこった!私の持っている唯一の調理器具である片手鍋は、底が浅くて茶碗を置いたらもはやボウルを乗せられる高さなど微塵も残っていなかった。

いやはや、どうするべきか。鍋の上に乗せるものは、ボウルのように底が丸みを帯びていて、水滴が中心に溜まるような形をしてなければならない。ボウルがダメだとすると……


鍋のフタを使おう こいつの取っ手を取って(駄洒落)、穴に詰め物をする

試行錯誤した結果、ボウルの代用には逆さまにした鍋のフタを使うのが良いと分かった。

鍋のフタは緩やかに丸みを帯びており、中心に水滴を集められる形をしている。しかも、ボウルのように高さが無いので、これを使えば比較的小さな鍋でも蒸留が実現できる。

やった、凄いぞ、鍋のフタ。


鍋ブタの上に耐熱ラップを敷き、氷水を張ってセッティング完了

ちょっと待て、何か鍋の形が変わってないか?そう気づいたあなたは素晴らしい。実はこの鍋のフタをもってしても、私の小さな片手鍋では高さが足りず、結局十分な深さのある炊飯器のお釜を使うことにしたのだ。

ところが、お釜の上にフタを乗せると微妙な隙間ができてしまう。その為、アルミホイルを挟んで隙間を埋めた。おかげで見栄えが非常に安っぽい。

ま、まぁ、とにもかくにもこれで準備は整った。それでは、加熱していくとしよう。レッツ蒸留。


加熱を始めると、すぐに鍋のフタが曇りだした それが水滴になり、中央の茶碗に滴り落ちる

おぉ、思った以上に凄いぞ。こんな簡素な仕掛けでも、ちゃんと蒸留できているっぽいではないか。

ボウルではなく耐熱ガラスの鍋ブタにしたことで、水滴が発生しては中央に滴るその様子を逐一観察できるのだが、これがなかなか面白い。思わず見入ってしまう。時間を忘れて洗濯機の渦をじっと見るような、そんな中毒性がある。

その様子を動画にも撮ってみたので、よろしければご覧あれ。


蒸留中の様子(音はでません)

とまぁ、最初のうちはそうして鍋を眺めていたのだが、蒸留とはそれなりに時間のかかるもので、次第にそれも飽きてくる。

それなら、別の事でもやっていれば良いじゃないと思われるかもしれないが、意外とそういうワケにもいかない。フタの上に置いた氷水がすぐ温められてしまうため、それを取り替える作業が頻繁に発生するのである。これが結構手間なのだ。


フルーチェでも食べて待ってよう しかし、冷却用の水がすぐ熱くなってしまい慌てる

そうこうしつつ、加熱を開始してからおおよそ1時間。蒸留したお湯がようやく茶碗一杯にたまった。鍋のフタを取り、中をのぞいてみる。


おぉ、コーヒーが無色透明に う〜ん、どこから見ても無色透明だ

うむ、なかなか良い感じに蒸留できた。

茶碗にたまっていた液体に色は無く、もはやコーヒーであったことなど全く感じられない。コーヒー色が無色透明になるというのはビジュアル的にも分かりやすし、何より錬金術みたいでとても楽しい。

さぁ、まずいブラックコーヒーから念願のお湯を手に入れたぞ。早速これを味わってみることにしよう。


それでは、いただきます ………………

う、う〜ん、何だろうこれは。お湯……確かにお湯なのだが、微かにコーヒーの香りがする上、変な味がする。コーヒーの名残りなんだろうか、何か酸っぱいぞ。普通のお湯と比べたら、明らかに妙な味。あえて言うなら、酸っぱコーヒー水。

私は蒸留によって、無味無臭か、ほのかにコーヒーが香るお湯になってくれると期待していた。しかしその期待に反し、これは酸味だけが見事に残ってしまっている。むむむ……なんとも残念な結果になってしまった。

ところで、蒸留したお湯の他に、先ほどから少々気になっているものがある。お釜の中にある、蒸留したコーヒーの残りだ。それはどのようになっているのだろうか。


このようになっていた。既にやばそうな気配 やっぱりやばかった。あーこれはやばい

これを口に含んでみようと思った私がバカだった。

これ、本当にやばい。カフェインの錠剤を10粒ほどすりつぶし、物凄く濃く淹れたブラックコーヒーに溶かしたような味。これはもはや、苦味とかそのようなものを超越している。毒だ。これは毒に違いない。心なしか舌が痺れている気もする。

口をゆすぎ、一息ついたところで私は思った。結果はどうあれ、蒸留というのはなかなか面白いものだ。コーヒーの蒸留は残念な結果に終わったが、別のものでも試してみれば、ひょっとしたらうまく行くかもしれない。

よし、それでは他のものでもやってみよう。何か、蒸留に適した液体は無いものか……そう思って部屋を見回すと、ありましたよ。手ごろなのが。


 

 
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