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土曜ワイド工場
 
呉、海軍さんの肉じゃがは34分で出来る

 

(text by 大塚 幸代

「何これ、すごくおいしい…」
実は正直、そんなに期待していなかった。

だって、「肉じゃが」だ。あまりにも普通のメニューだ。その地方で名物だからといって、感動するほどおいしいとは、思っていなかった。
砂糖のシンプルな甘さ、醤油の力強さ。煮過ぎていないタマネギ。
澄んだ味だなあ、と思った。
「こっちのカレーも、おいしいよ。さっぱりしながらも、スープがうまい」
「本当だ。このオムライスもおいしい。妙においしい。なんじゃこりゃ」



同行してくれたTと、あれこれ食べてみていた。
「どれもおいしい。なんでだろ、何が違うんだろ」
「私らが旅テンション…だからかなあ?」
「いや、そんなことないよ、昨日食べた居酒屋とか、アレだったじゃない」
「ああ、まあ、そうね…」
私たちは前日、おいしくない観光居酒屋でボラれ、ちょっと落ち込んでいた。ちなみに2品頼んで、20分滞在して、5000円弱だった。いい勉強だった。
「しかし、このおいしい肉じゃがが、100円て、何だあ…?」

■肉じゃがのふるさと、呉

「肉じゃが感謝祭」。広島・呉名物、肉じゃがを広めるために作られた団体「くれ肉じゃがの会」が、三月末に行うお祭りだ。



会場は呉中心地からは離れた、呉ポートピアパークという施設。その日は親子連れが多かった。フリーマーケットがやっていたり、呉警察による防犯フェアーが同時にやっていたせいかもしれない。
子供たちが、パトカーの写生大会をしていた。


パトカーの写生って、不思議な光景ではある。この後、コドモ限定で「パトカーにのってみよう」「白バイにまたがってみよう」タイムがもうけられた。ちょっとうらやましかった。着ぐるみも出ていた。カメラ向けたらダブルピースしてくれた…。

ステージでは「振り込め詐欺」防止のための寸劇なんかも行われていた。「オレオレ、オレだけど、事故起こしちゃってー」……思いっきり棒読みだった。いい意味で、ゆるくて心地よい雰囲気だ。

この、呉肉じゃが。ご当地グルメブームの昨今、呉と親交のある舞鶴や横須賀に出店したりと、大活躍中だ。
安く、おいしく、人気があるので、出店すると、すぐに売り切れてしまう。本拠地に乗り込めば、ゆっくりたっぷり食べられるだろうと思って東京から行ったのだった。ドンピシャだった。
「パトカーの写生」の横で、じっくり味わうことが出来た。しあわせ…。

■シチューが転じて肉じゃがになった?

「くれ肉じゃがの会」広報の佐野さんにお話をきいた。
--肉じゃがの会って、どういう団体なんですか?
呉の有志によるものですね、会員は200人くらい。
--どうして呉が、肉じゃがで有名なんですか?
もともと、肉じゃがのルーツは海軍さんなんです。
英国に留学経験のある東郷さん(東郷平八郎)が、シチューの材料に醤油を入れたのではないか…という説が有力です。
英国時代に日本が恋しくて作ったのか、帰郷してから作ったのか、呉にいた時に作ったのか、舞鶴にいた時に作ったのか、そのへんは論争になっているんですけど(笑)。


呉と舞鶴、バトル中。

とにかく、海軍の栄養状態を良くしようと考えて、作られたものらしいんです。


この日、マスコットとして東郷コスをしていた方も(「くれ肉じゃがの会」、藤井さん)。「東郷さんが呉に在任していた時の階級の服なんですよ」と説明してくれた。

海軍のレシピって面白いんですよ。結局、軍を強くするための料理だから、非常にシステマティック。当時の海軍経理学校の教科書「海軍厨業管理教科書」を資料にした、『海軍食グルメ物語』(高森直史著、光人社刊)という本が出ていますから、興味あったら読んでみてください。
--はい(読みました、面白かったです)。ところで「ご当地グルメ」としてPRし始めたのっていつからなんですか?
僕は市の職員なんですが…、平成9年に『呉名物として、肉じゃがをPRせよ』と指令が下りまして。
昔から、地元の飲食店では、普通に出されていたんです。特に珍しいとも思っていなかった。だから専門店というものが、なかったんです。
それでは、自分たちで作ってしまおう、と。
--大胆ですね!
平成12年に会を発足して…、でっかいナベを買うようになって。一日に最大で、2000食は作れます。前日、ピーラーでイモをむくんですが、これが大変なんですよね…。


「完売」の看板は、あらかじめ用意してあるっぽかった…。

今回のイベントでは特別に100円ですが、他の時は、200〜300円くらいで売っています。1000食作ったら、だいたい2時間半で売り切れてしまいますね。
--しかしこれ、すごくおいしいですよね。何か特別なヒケツが…?
コツは、海軍レシピ通りに作ること(笑)。シンプルですね。あ、でも醤油は地元の醤油、本むらさきを使っています。

ところで、今日はもう帰ってしまうんですか?
--ええ、東京に…。
ああ、残念。呉のおいしいお店とか、ご紹介したかったのに。のどぐろの刺身とか食べられますよ。
--そ、それは残念です…(いい方だなあ、しかしマジで悔しい…昨日のこと思い出すともっと悔しい…)。ちなみに呉に遊びに来るベストシーズンっていつですか?
2月ですかねえ。カキとミカンが食べられますからね。カキなんかだいたい殻付きのは一個70円ですからね。県外の人は驚きますね…。
--……!!!!(それは食べたかった…)。

■肉じゃが用の蒟蒻も売ってた、呉の町

肉じゃがを食べた後、呉の街に行ってみることにした。
町中の、肉じゃがを食べさせる店も、チェックしたかったので。
商店街は大きく、アーケードの天井も高い。けれど、静かで、シャッターの閉まっている店が多く、時々観光客が歩いている…という感じだった。沖縄のコザの街と、雰囲気がちょっと似ていた。


スーパーには肉じゃが用の糸こんにゃくが売っていた。ちなみにお好み焼き用の焼きそばもたくさん売っていた。さすが広島。

私は「最初から何もない」田舎出身なので、寂しくなりようがないのだが…「かつて、ものすごく栄えた街」が、がらんとしてしまうのは、地元の人はどんな気持ちなのかなあ、と想像してしまった。
がらんとした町で、時々見かける「呉グルメ」ののぼりだけが、ハタハタとはためいていた。
この町の人にとって、この「肉じゃが」の盛り上がりって、どんな気持ちなんだろう…?


「いせ屋」という店に行った。こちらは「肉じゃがの会」の味とは違い、私も食べ慣れている、家庭的なお味。時間的に出来なかったのだが、いろんな店を食べ歩いてみたかった(すし屋とかにも肉じゃががあるらしい…)。

大和博物館にも行った。10分の1スケールの戦艦大和模型がある、町の観光の目玉だ。戦艦は格好良く、戦艦が戦後の様々な分野の技術革新に役立ったのも分かった。しかしこの「反戦だけれど、戦艦はかっこいい」というプレゼンテーションには、混乱するものがあった。と言いながら、私も、「あ、惣流だ! 葛城だ! 赤城だ! 式波はないのー!?」と、「呉で造船された戦艦一覧」を見ながら喜んでいたわけだが(アニメ「エヴァンゲリオン」のキャラクターには、戦艦の名前が付いているのだ)。

「海軍さんのレシピ」で盛り上がれる、平和な現代が、幸福なんだなあ、と思った…、不況だろうが、何だろうが…。

呉のスーパーで、醤油「むらさき」を買って、帰宅後に肉じゃがを作ってみた。
ぜんぜん「呉の味」にならなかった。何がいけなかったんだろう?

海軍さんの肉じゃが(当時の名前は「甘煮」)レシピ
1 油入れ送気
2 三分後生牛肉入れ
3 七分後砂糖入れ
4 十分後醤油入れ
5 十四分後蒟蒻、馬鈴薯入れ
6 三十一分後玉葱入れ
7 三十四分後終了

  • 醤油を早く入れると醤油臭く、味を悪くすることがある
  • 合計三十五分と見積もれば充分である

(ちなみにこれは船上の蒸気釜での作り方らしいので、油入れて三分も待たなくていいかもしれない…)。

「くれ肉じゃがの会」会員がやっているアンテナショップがあるそうです。
ここに行けば、「肉じゃがの会」の味が堪能出来るハズ…。


「東郷さんの肉じゃが亭」
11:00-14:00(日曜除く)17:30-2:00(隔週木曜日休)
呉市中通3丁目1-7 0823-24-6321


 
 
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