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フェティッシュの火曜日
 
ウェットスーツの新しい使い道を模索する

もうひとりの自分を見つけた

絶望のまま、脱いだウエットスーツを片付ける。ウェットスーツは、体とスーツの隙間に水が入らないように、体に対してぴったり作る。今更だが、ぼくがウェットスーツを有効活用しようとしている大前提がこれだ。自分以外の人には、スーツの効果が薄れてしまうので、譲渡も転売も効かないのだ。

脱ぎ捨てたスーツはまるで自分自身の抜け殻のようである。ついつい感情移入してしまう。
…スーツは、「もう一人の自分」なんじゃないのか。お、期せずして新しい使い方が見えてきた気がしてきたぞ。


同じ寸法なんです

これでも何がなんだかわからない、という方、ちょっとまって下さい。すぐに作るので。


自分の顔の写真に厚紙を付けて
こうなるわけです

服を着せれば、もう一人の自分、出来上がりー

こういうセミナーやってみたい

おお、出来た!ウェットスーツを脱いでからが、本当の有効利用の道だったのだ。ここに来るまでの過程に随分時間がかかったが、ある意味「自分探しの旅」だったと言えなくもない。そう思えばことさら困難だったとも思えない。 なのでそう思うことにしよう。

とにかく、もうひとりの自分として良く出来ているので結構うれしい。いろいろ遊んでみよう。

「よう、ひさしぶりー」
ハンガーが入っているのでどこにで掛けられる

「公園でも行くかー」
でも、持ち運ぶ時はお姫様だっこ(こうしないとズボンがずり落ちる)


「最近たのしくやってるかい?」
肩を組んだりして仲良さそうだ(ハンガーを掛けるところがないので、支えている)

もう一人の自分の使い勝手はなかなか良い。ウエットスーツにハンガーを通してあるので、ちょっとした出っ張りや穴があれば、どこにでも掛けられる(これがみんなの待ち望んでいたユビキタス社会の到来である)。

等身大なのに軽くて、持ち運びも楽々だ。これがさっきまでぼくをいろいろ苦しめていたウェットスーツと同じものだとはとても思えない。さすが自分、有能だなあ、とうなりたくなってくる。自画自賛で恥ずかしい。いや、ウェットスーツから解放された喜びでなんかおかしなことを言っているような気もする。しかし冷静になれない自分がいるのも事実だ。


先日、ぼくは記事の中で「独り者の食卓は寂しい」とか大々的に書いてしまった。(「煮物の残りよ、カレーになれ!」)しかし、もうぼくは一人ではないのだ。なぜならもう一人の僕がいるからだ。なんか文章にするとややこしいが、ようは自分のウェットスーツ人形と一緒に食べれば良いのだ。ちょうどまたカレーを作った。


食事中なので帽子は脱いでもらった

もう一人の自分にも食事を用意した。もちろんただのスーツなので食事が減るわけではない。これって、やっていることはお供え物とあまり変わらないのではないだろうか。しかし、自分と一緒と言うのは意外と落ち着くものだ。唯一ある欠点は、全然喋らないことぐらいだけれど、自分自身に対して、特段喋る必要もない。


同じ顔になってみた

結局二人分食べて、飲むことになります

いや、もう自分をごまかしきれない。この「もう一人の自分」に対してさっきから良いことばっかり書いているが、はっきり言って全然役に立たない。そして一緒に過ごしていて、そんなに面白くもない。全部、なんとか良い結果として残そうとしたぼくの欺瞞だ。自分の顔と一緒にお酒を飲んでいたらなんだかいたたまれなくなってきたので、ここに正直に告白する次第です。

全体的に迷走気味ではあったが、見えてきたことはいくつかあった。

  • ウエットスーツは、サーフィンの際に着用するのに向いている
  • そういう風に出来ているので、サーフィン以外の着用にはあまり向いていない
  • なぜかというと、すごく苦しいし、熱いし、なんの役にも立たないから
  • スーツをもう一人の自分ということにすると、自分で着なくても済む 

今後、クローゼットの奥には「サーフィン挫折の思いで」ではなくて「もう一人の自分」が収納されることになりました。

クローゼットにいるのです

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