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不安な土曜日
 
ワンメーターの心がぽかぽかする話




100才になって咲く花もある

私はもう60半ばになるのですが、以前乗せたおばあさんに勇気づけられた話をします。そのおばあさんは私よりも随分年上に見えました。恐らく70代の中頃、もしかしたら80代かもしれなせん。

行き先は総合病院でした。病院に通ってるくらいですから、当然健康状態は優れないはずです。私はそのおばあさんを元気づけようとして、「私なんていくつまで生きられるか分かりませんから」って自嘲気味に言ったんですよ。そしたらそのおばあさんが言うんです。人生に年齢は関係ない、もう75才と考えちゃいけない、まだまだ75才と考えなさい。金さん銀さんなんて100才になって有名になったんだから。100才になって咲く花だってあるのよ。

通院してるおばあさんから、逆に元気づけられてしまいました。100才になって咲く花もある、って良い言葉ですよね。俺もまだまだがんばろうって思いましたよ。




なけなしの1000円札

ついこないだ乗せた学生さんの話です。東中野から乗って来ましてね、どうやらこの4月に名古屋から東京に出て来たばかりらしく、まだまだ東京に慣れてないんですね。それで近い距離かもしれませんが場所が良く分からないのですいません、と言ってましたよ。目的地はワンメーターくらいの距離でした。

話を聞くと、名古屋から休みを利用して親友が遊びに来ているようで、その友人をご馳走するためにバイトをして1万1千円を用意したらしいんです。親友の為にバイトをしてお金を作るなんて感心な話だなぁと思って、その学生さんを褒めたんですよ。学生時代の友だちは一生物だから大事にしなさい、なんて説教じみた話を交えながら。そしたら学生さんも喜んでくれて、会計の時に1000円札を出してお釣りはいらないって言うんですよ。私は大切なお金だからお釣りをもらってくれ、って言ったんですけど、学生さんは良いから良いからとお釣りを受け取らずに降りて行ったんです。

仕方ないのでお釣りは渡さずにその1000円札をしまおうとしたら、驚きました。学生さん、1000円札と1万円札を間違えて置いていったんですよ。その1万円がどんなお金か知っていたので、私は慌てました。車を降りて、そこら辺にある居酒屋に片っ端から入っていって、さっきの学生さんを探しました。どのお店に入ったかまでは分からなかったから。4軒目だったかなぁ、いましたよ、その学生さん。友人と2人で向き合って座ってました。私は入口から学生さんを呼んで1万円札を渡したんです。学生さんは最初驚いて、その後は喜んでくれて、その友人も一緒になって何度も何度も頭を下げてました。本当に良い友だち関係なんでしょうね。

自分が学生時代だった時のことを思えば、あの1万円札の重みが分かりますからね。なんだか貧乏だったあの頃を思い出せて、すがすがしい夜でしたよ。まあ、今も変わらず貧乏ですけど。




何も言えなかった朝

日曜の朝8時半頃でした。年配の男性が乗って来たんです。行き先は病院でした。日曜の朝から病院に行くなんて、なんだろうなぁって思いましたよ。診察はないでしょうし、お見舞いにしても時間が早過ぎますから。しばらく沈黙が続いたので、私は思い切って聞いてみたんですよ「これから診察ですか?」って。そしたら、その男性は首を横に振って言いました。今朝方病院で亡くなった家内の遺骸を受け取りに行くんだ、と。私は言葉を失いましてね、黙ってしまいました。すると男性がその奥さんとの思い出を語り始めたんです。40年以上も前に一緒に山形から上京してきたこと、仕事がうまくいかなかった時でも文句一つ言わずに尽くしてくれたこと、そして、自分は最後まで家内に「ありがとう」と言えなかったこと。

車が病院に着いて料金をいただいてから、私は何か言わなきゃいけないって思いました。きっと辛いでしょうが、気を落とさずにがんばってください、とか。でも、最後まで何も言えませんでした。車を降りる男性の後ろ姿に向かって、「ありがとうございました」って声をかけるのが精一杯でした。「ありがとう」を言えなかったことを悔やんでる人に「ありがとう」ってね。ああいう時って、かける言葉が浮かばないものですね。




透析に通う男性

そのお客さんは夫婦で乗って来ました。旦那さんが行き先を指示して来たのですが、その言い方がなんて言うんでしょう、刺々しいんです。苛立ってる感じなんですね。それでも私が丁寧に返事をしたら、旦那さんが自分の病気について話し始めたんです。

病気が7つもあって、週3日は透析をしていて、1回に15錠の薬を1日3回飲んでいる…、とにかく自分の病気の辛さについて、ずっと話してました。この人は相当フラストレーションが溜まってるんだ、って思いましてね、合の手を入れながら聞いてました。聞いてあげることが一番の治療、とまではいきませんが、私に出来ることはそれくらいですので。でも、途中で気付いたんです。隣りに座ってる奥さんは、きっと1日中こういう話をされてるはずです。私は良いですよ、車が目的地に着くまでの間ですから。奥さんは大変だと思ってました。

目的地に着く頃になると旦那さんもしゃべり疲れたようでして、車内はしーんと静まり返ってました。病院について後部ドアを開けると、旦那さんは無言で降りて行きましてね、奥さんが後からゆっくりと移動しながら「本当にありがとうございました」って頭を下げてくれたんです。なんだかその一言にその夫婦の人生が滲み出ているように感じましてね、奥さんも大変だなんて思った自分を恥ずかしく感じました。




女性客の恋

深夜2時くらいでしたでしょうか、環七あたりで女性客を降ろしたんですが…、30才手前くらいだったと思います。その女性、お金を払った後も中々降りようとしないんですよ。どうしました? って声をかけたらその女性が涙声でして、「私の話を聞いてもらえますか?」って言うんです。その日はノルマをクリアしていたので、いいですよって返しました。

すると女性が堰を切ったように話し始めまして、悩みはつき合って一ヶ月の彼氏のことなんですね。女友達からやめた方が良いって言われてるらしいんです。その彼氏は他にもつき合ってる女性がいて、そのことを周りのみんなは知っている。その女性が彼氏にその事を問いただしたら、「そんな事どーだって良いだろ」って言われたんだそうです。自分にも娘がいるものですから、私はカチンと来て、思わず「すぐにやめた方が良い」って言ってしまったんです。今乗り切ったとしても、後々絶対に女性関係で泣くことになるから、って。自分の娘を諭す感覚ですよね。その女性はずっと黙ってました。出過ぎたマネをしたかな、って反省しました。少しでも彼女の人生にプラスとなればって思ったんですけど。

しばらくしてから、「がんばります」とだけ言って車を降りて行きましたけど、彼女はどうなったんですかね? あの「がんばります」はどっちの意味だったんだろうって、まだ気になってます。




ぽかぽかさせていただきました

運転手さんの人柄にぽかぽかしたり、チラッと垣間見えたお客さんの人生にぽかぽかしたり。どの話も僕の心をぽかぽかさせてくれました。饒舌にぽかぽかする話を話してくれた運転手さんは、どなたも「一期一会」の精神を持っているよう方のように感じます。そういう人だからこそ、乗ったお客さんも自分の人生をチラッとでも見せる事に躊躇しないのでしょう。そういうやりとりが、心をぽかぽかさせるのだと思います。




 
   

 
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