料理が不得手だ。まず基本的なことができない。ひとり暮らしをしていた頃は、たまにする自炊といえば野菜炒めだった。ほとんどそれしかできないからだ。いつも同じでは淋しいので、たまには「あんかけ」っぽくしてみようと片栗粉(水に溶かなくてよいと書いていた)を買ってきて大量に投入してみたが、一切トロミがつかなかった。あれはどこがいけなかったのか、いまだにわからない。 世の中には料理の本というのがたくさんあるが、あれさえみればそんな素人でも上手につくることができるのだろうか。そこで今回は、「なにをつくるのか(料理名を)知らない」状態で、写真も視ずにレシピの「文章部分だけを読み」、果たしてちゃんと料理を完成させられるのかに挑戦してみたい。
(櫻田 智也)
準備
なにをつくるか知らない状態で料理するわけだから、当然のことだが自分でメニューを決められない。 妻に協力を依頼し、料理のセレクトとレシピ文の作成をおこなってもらった。
3つのレシピをみてみると、工程自体はそれほど長くはないようだ。ただその中にある「片栗粉」と「肛門」の文字が静かな胸騒ぎを呼ぶ。
どういう順番でつくろうかと考えていると、ここで妻から一言だけアドバイスが。 「つけたり、もどしたりの待ち時間があるものは先に済ませておいたほうがよい」 とのこと。なるほど、それが料理の「手際」というやつか。
とうわけで、まずはこのメニューに着手することにした。
米と秋刀魚のなにか −工程1
材料(4人分) ・米 カップ3 ・だし汁 540ml ・秋刀魚 1尾 ・塩 適量 ・きのこ(まいたけ、しめじ各1パック) ・ごぼう 1/3本 ・しょうゆ、酒 各大さじ2 ・塩 小さじ1/2 ・万能ねぎ 適量
作り方
レシピにしたがい、まずは米を研ぐ。さすがに米ぐらいは学生時代に炊いていた。楽勝。と思ったのだが、
男って! というやつだ。我が家の米はどこにあるのか。しばらくさがしてシンクの下にみつけた。
いつ導入されていたのだろう。実に便利な道具である。以降、調味料の場所がわからないとか色々あるのだが、いちいち書いていたらキリがなさそうなので省略していく。
ぼくはどちらかというと米をあまり研がないほうだと思う。祖母や母は、むかしはそれこそギシュギシュ音をたてて研いでいた。米を研ぐ回数については諸説あったが、あれはもう決着がついたのであろうか。
豚肉のなにか −工程
待ち時間にほかのレシピもみてみる。
材料(3〜4人分) ・豚ひき肉250g ・玉ねぎ1/4個 ・干ししいたけ1/2個 ・ロースハム100g ・パセリ1本 ・ニンニク1粒 ・卵1/2個分 ・生パン粉カップ1/4 ・スパイス(黒胡椒・オレガノ・タイム) ・塩・砂糖 各小さじ1 ・ローリエ
作り方 ※干ししいたけをもどし、これとほかの野菜やハムもみじん切りにする。
料理を普段する人は、これらの文章だけで、なにができるか頭の中に画が浮かぶのだろうか。 さて、この中にまず「干ししいたけをもどし」というのがあるので、それを済ませておきたい。
干ししいたけをもどした経験はないが、これはもうどう考えても水に浸すしかない。
米と秋刀魚のなにか −工程2
そんなことをしているうちに米のほうの時間が経過している。次の工程の準備もしていかなくては。
で、いきなりレシピにわけのわからない文章がでてくる。 「秋刀魚はよくあらって(中略)肛門部分から半分の長さにきる」
困った。意味がわからない。 写真1枚あればぜんぜん違うのだが、残念なことに今回は文章しか手元にないのだ。
考えた末、単に肛門の位置で秋刀魚を2つに切るという非常にぼんやりした結果に。 この切り方になんの意味があるというのか。 でもって秋刀魚を「こんがり焼く」と書いてある。そうか、焼かなきゃならんのか。
丁寧にもグリルには「水をはってください」と注意書きがしてあった。道具たるものこういう親切心が大切だ。「こんがり」とあるからには、焦げるくらい焼けばいいのだろう。 う〜ん、これはもしかして、案外つくれちゃうんじゃないだろうか。料理。
つづいてはゴボウのささがきとある。「ささがき」されたごぼうの状態がどんなものかは大体わかる。だが、どう切ってああいう風にしているのだろうか。
まあ、雰囲気は近いものがある。 そうこうしているうちに秋刀魚が焼きあがる。忙しい、料理、超忙しい。
料理番組をマネして別のカップに予め調味料を混ぜておいた。土鍋を使っていることと相まって、料理ができる人っぽい雰囲気が漂う。 材料に、ただ「だし汁」と書いてあったのには一瞬ひるんだが、みつけた『ほんだし』の裏をみると、だし汁にする際の分量がちゃんと記載してあった。 みな親切である。世界の善意に触れた気がした。
キノコ、そして焼いた秋刀魚をのせる。「おれ、今から土鍋でご飯を炊くんだな」という興奮と、「なんで秋刀魚はこんなおかしな切られかたをしているのか」という疑問とで息が荒くなる。
ズボンがどんどん落ちてくるくらい息が荒い