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はっけんの水曜日
 
都内・グッとくる跨線橋めぐり


跨線橋が好きだ。

と思ったことはなかった。
「こせんきょう」、その名の通り、線路を跨(また)ぐ橋である。単にそれだけだ。跨線橋って「こせんきょう」って読むんだ、なるほど、と思うくらいのもので。

しかし、とある橋のことを聞き、へぇ、と心にひっかかり、勢いで都内の跨線橋を巡ってみたら、これが、あなた、よかったという話なんです。 

乙幡 啓子



三鷹聞いたか三鷹の橋

とある橋とは、中央線三鷹駅から徒歩7分ほどのところにかかる「三鷹電車庫跨線橋」のことだ。

ところで突然だが私は中央線沿線に住んでいる。そして太宰治をけっこう読む。そんなある日、乗った電車の中刷り広告にこの橋のことが書いてあり、そういえば太宰もこの橋を気に入っていたな、と何気なく読んでみた。

「・・・休日には訪れる多くの人でにぎわいます」という主旨のことが書いてある。「陸橋→太宰→ノスタルジア→ひなびた橋」的文脈で勝手にイメージしていたあの橋、今も人が絶えないということが意外だった。

だって平日の午後とか、この橋はこんな感じなのである。


ここがその問題の橋。たもとにはただの跨線橋らしからぬ立て看板。
三鷹市各所にある「太宰ゆかりの場所はココ!」たる看板だ。

昭和4年にできたとは思えない。が、荒れて粗くなった舗装面を見ると、こりゃ古そうだと納得

訪れる人もまばら。
フューチャリスティックにパースがついた絵の中に、祖母と孫が置かれるという不思議な光景。

まあ、橋です。単なる橋。橋には橋のほかに何もない、といった状況でした。ではスタジオにお返しします。

 

数日後にはパラダイス系

しかし件の休日に訪れてみると、なんだか様子が違う。


たぶん太宰系ツアーに来たと思われる方々や、
フェンスかぶりつきの親子や、

数時間眺めっぱなしの青年や、
関係ない犬など。

ただの橋に、私が到着したときは15名もの老若男女が各々思うままに過ごしていた。橋を渡るだけという人はほぼなく、この橋自体が目的地のようだ(犬を除く)。周囲には住宅地、駅からは徒歩で7分近くもかかるこの古びた橋に。

などと知らんふりをして書くのはよそう。つまりこの橋からは、こんな光景が見渡せるのだ。


見るもの多かったわ。

最初に書いたがここは電車庫に近いので、当然のように鉄道写真の撮影スポットであり、電車好きのほっとステーションであり、電車好きな我が子をなだめる飴のような場所なのである。

それにしても、中央線・総武線・東西線のさまざまな列車が行き交うさまは、見ていて飽きない。「車両基地」でもお馴染みの萩原さんのように、架線や線路、その他構内の施設に次々に目を奪われてしまう。

その上、電車が通るとついつい鉄道カメラマンよろしく、もらさず写真を撮ろうとしてしまう自分がいるのだ。撮った写真は後で見返しても特に褒めるところもないのであるが。


おおパンタグラフ!間近!と思うとついシャッター押してしまう(※)。

おお総武線!双子!と思うとついシャッター・・・(※繰り返し)

いかんいかん、中途半端に電車の写真撮りに来てるんじゃなかった。橋を見ろ。もっと見ろ。

パチンコ玉に激似の化粧ネジ。
手のひらのツボ押しに良い。

 

ぶるぶる煮えたぎって落ちる夕陽(太宰談)

天気はいいわ、下を電車が通って目をひかれるわ、遠くまで見渡せる空が気持ちいいわでまたしばらく無為な時間を過ごす。ツボ押しなどして、気がつくともう夕方、日が傾いてきた。それでもまだ、訪ねてくる人は絶えず。


秋の夕方はさびしい。
うちの故郷の商店街より人多いかもしれない。さびしい。

名物 武蔵野の夕陽(太宰談)。

うっかりノスタルジーを感じてしまいかねないが、それ以上に感じるのは、予想以上の「居心地」だ。ただの「線路を跨ぐ橋」なのに、ちょっとした異空間だぞここは。

歩行者しか入れないためもあってか、時間がゆっくり過ぎていく。しかしその下には高速で行き来する列車。それに見入る人々。妙な連帯感がある。

これはこの橋独特のものなのだろうか。そう思ったら、他の橋も見たくなった。同じように味のある、車の通らない跨線橋を訪ねにいこう。


橋のたもとの豆腐屋さんのおからドーナツ、甘くなくてもっちりしておいしかった。跨線橋グルメ。

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