歌いながら登場

というわけでやって来た取材班、さっそく山中でうさぎを追いかける男性を発見した。お−い、すいませーん！

「うーさーぎーおーいしーかーのーやーまー...」

このあたりで有名なうさぎを追いかけている方ですよね。お名前は？

「うさぎ追い師・叶山（かのうやま）荘六です」

うさぎ追い師！それは、猟師とか調教師みたいな感じですか？

「猟も調教もしないけど、うさぎを追いかけてはいる。だからうさぎ追い師」

なるほど。ぜんぜん分からないですけど。ではうさぎを追うところを見せてもらえませんか？

「見せてもいいけど、別に面白いもんでもねえよ」

叶山さんはこの山一帯のうさぎの巣穴や家族構成などをすべて把握しているという。たまに見慣れないうさぎを見つけても、それはほとんど捨てられたペットだとのこと。

「追えば分かる。やっぱり野生のヤツとは足腰の出来が違うんだ」

一度ペットとして飼われたうさぎは、野に放してもひとりで生きては行けない。そういった無責任な飼い主に対して憤慨していた叶山さん。うさぎではなく、うさぎを捨てに来た飼い主を追いかけ回したこともあるそうだ。なるほど、こうしてこの山の平和を守っているのか、と感心しはじめたそのとき。

ふと叶山さんの表情がこわばり、目が一点を見据えた。

次の瞬間、枯れ葉を蹴散らして、目の前を一匹のうさぎが走り抜けた。目にもとまらぬ速さ。

今のうさぎは？と訊こうとした刹那、叶山さんが視界から消え、うさぎを追いはじめた！さすがうさぎ追い師、「脱兎のごとく」という表現がピッタリ当てはまる信じられないスピードだ。

やがて戻ってきた叶山さん。「逃げられました？」と聞くと、

「別に捕まえようとしてるワケじゃないから」

との返事。取材陣を前に逃げられてしまった言い訳かな、と思ったが、

「捕まえるならワナでもかけるよ」

との言葉に、確かにその通りだと思った。ではなぜ、と言いかけたそのとき、叶山さんが言った。

「見せたいものがあるからこっちに来なよ」

ひょっとして、叶山さんがうさぎを追う理由が分かる何かがあるのか。そう思いながらついて行くと、そこは動物と触れ合える公園だった。先ほどまでうさぎを追い回していた叶山さんが、笑顔でうさぎを抱いている。

何だかはぐらかされてしまった。結局、うさぎを追う理由は分からずじまい。日も暮れてきたので取材を終えて帰ろうとすると、叶山さんが我々を自宅に招いて夕食をごちそうしてくれるという。ついにこの男性の秘密の核心部分に触れることができるかも知れない。そう思って、彼のお言葉に甘えることにした。

叶山さん自らが腕を振るい料理を作ってくれているが、1日取材してもうお腹もぺこぺこ。あのー、まだですかー？

「うーさーぎーおーいしーかーのーやーまー...」

叶山さんが鍋を持ってきた。中ではおいしそうな野菜や肉がぐつぐつ煮えている。

...はっ！叶山さんまさか、この肉...！？

「やっぱり鍋には鶏肉だよねえ」

うさぎじゃないのか、よかったというか何というか。

はふはふ、おいしいけど、じゃあハッキリ訊きます、叶山さん、あなたはなぜ毎日うさぎを追いかけているのですか？

「まあ、運動不足の解消かな。おかげでこの歳でも足腰ピンピンだよ」

え、失礼ですけど叶山さんはおいくつなんですか？

「19歳」

19歳でこの料理の腕前はすごーい！