土佐商会跡
続いては有名な“海援隊”の発祥の地とも言われる土佐商会跡地。
海援隊とは、坂本龍馬が隊長を務めた亀山社中の後継組織。後に三菱グループの祖となった土佐商会に吸収される。
これまた龍馬史的に重要な場所であるが、
BR(ビフォー龍馬伝)では、橋のたもとに石碑が1コぽつんと建っているだけだった。
真横に線路があって路面電車が走っているので、多くの人がまったく気づかずに通り過ぎていくほど存在感が薄かった。
それがAR(アフター龍馬伝)になると・・・
相変わらず狭いスペースではあるが、 訪れた人がたたずみ感慨にふけることができるようリニューアルが施された。
増殖する龍馬像
さきほどの亀山社中に向かう道は「龍馬通り」という名前がつけられており、道の両端には石碑がある。
こうして長崎の龍馬像がひとつ増えた。
これがアフター龍馬伝にはどうなったかというと・・・
こちらは丸山に新たにできた龍馬像。
丸山とはかつての花街があったところで、龍馬も足繁く通ったという。
というわけで、龍馬伝というマグマによって 長崎のあちこちで地殻変動が起き 新しい龍馬像ができたり動いたりしたのであった。