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ひらめきの月曜日
 
関東唯一の寺であり神社でもある寺院


お寺なのに鳥居がある

寺院と神社は今は別々の物だが、江戸時代末期までは多くの神社が寺院の役割も兼ね備えていた。これを神仏習合という。

明治維新の際に神仏分離がなされ、今のような神社は神社、寺院は寺院となったわけだ。

しかし、そんな神仏分離の波を乗り越え、今なお神仏習合の寺院が埼玉は飯能にある。これは関東で唯一の神仏習合のお寺だ。

早速行ってみることにした。

地主 恵亮



遠い、遠い、竹寺

今回行く神仏習合のお寺は埼玉は飯能の山の中にある「竹寺」というところだ。正式名は「医王山薬寿院 八王寺」。やたらと長い名前からも「寺」であることが分かると思う。これがうんざりするほど山の奥にあるのだけれど、だからこそ神仏分離を免れたのだろう。


飯能駅からバスに乗る(目の焦点がなぜか合っていない)

飯能駅から一日数本の中沢行きのバスに乗り終点で降りる。そこから急な山道を40分歩けば目的の竹寺に着く。山道は舗装こそされているが、さすがに上り坂を40分はキツい。「40分も歩くのか…」と暗い気持ちでバスを降りると奇跡が待っていた。


送迎車(体力のない僕には神聖な乗り物に思える)

送迎車が待っていたのだ。しかも無料。竹寺で祈る前から運が向いている。話を聞くと僕が竹寺を訪れた日は「雨竹会(藤村俊二さんの講演会)」というイベントがあって、特別に送迎車があったのだそうだ。普段は無いそうなのでとてもラッキーだった。


かなり急な道だったので送迎車があって嬉しい

 

完全に神社!

送迎車に揺られること数分、お目当ての竹寺についた。神仏習合のお寺とはどんな物なのだろう、とドキドキしながら足を進める。送迎車に乗っている時から気が付いていたが、周りを見るとお年を召した方が多かった。若者も来るべきだよ!


お寺なのに鳥居

竹でできた鳥居

お寺なのに参道には鳥居が建っている。お寺に鳥居というのは驚きだし、また竹寺のためか、竹でできた鳥居もあった。主要建築物が神社建築のため本当にお寺なのかと混乱してしまう。狛犬もあるし、手の合わせ方も、手を叩く神社式。もう完全な神社だ。


と思ったら、お坊さん発見!

完全に神社だと思っていたら境内をお坊さんが歩いていた。ここがやっぱりお寺なのだと再認識できた。しかし、不思議の国のアリスのように、このお坊さんは迷い込んでここに来てしまったようにも思える。本当に不思議な場所だ。


本殿に向かいます

一石二鳥のありがたさ

本殿に向かう時も鳥居をくぐる。やっぱり神社だ。狛犬もある。やっぱり神社だ。拍手を打つ。やっぱり神社だ。ほんのり線香の香りがする。あ、それはお寺っぽいな、などと思いながら、考えながらこれでもかというくらい手を合わせた。


本殿

ここで祀られているのは「牛頭天王」という神仏習合における神だ。神仏分離で「牛頭天王」を祀るところは減っているのでなかなかお目にかかれない神である。また、ここはお寺ではあるが檀家がいない。その分は精進料理などを出してまかなっているそうだ(食べログにも出ている)。


これは牛頭明王像(バイキングみたい)

観音堂もあるので、やっぱりここが神仏習合のお寺であることが分かる。考えようによっては、一箇所で神社とお寺の両方に行った事になり一石二鳥とも言える。タイムイズマネーの現代に置いてはとても喜ばしいことだ。


観音堂

即効でご利益

境内には他にも牛頭天王が彫ってあるトーテムポールや、竹の筒を使った望遠鏡など、僕がよく知る神社やお寺にはないもので溢れていた。山の奥にあることで静けさもあリ最高の環境だ。もし、僕が松尾芭蕉ならば、かなりのいい句を詠めたと思う。芭蕉じゃないから詠まないけれど。


トーテムポール

竹の望遠鏡(何も見えなかった)

みるべき物はすべて見たので、帰ることにした。しかし、帰りは送迎車がないので40分かけて坂道を下らなければならない。上りもキツいが下りも膝が地味にキツい。体力が無い僕にはかなりの修行だった。


来たことを後悔しはじめている

40分かけて下り、飯能駅へと向かうバスが出るバス停までたどり着いた。しかし、時刻表を見て驚いた。少ない! 今からだと1時間半も待たなければバスが来ない。竹寺での僕の祈りが足りなかったのではないのかと思った。


少なっ!

途方に暮れつつ、たまに目の前を通る数少ない車に「乗せてくれ」的な熱い視線を送った。ヒッチハイクである。親指を立てたいがそんな勇気はない。とりあえず運転手に「乗せてくれて」的な視線を送った。


案外乗せてくれるもんですな

「乗せてくれ」的な視線を送り始めて5分もしないうちに乗せてくれる神様のような人がみつかった。飯能駅まで乗せてくるとのこと。神様だ。竹寺で拝んだご利益だろうか。


ちなみに竹寺では終始「圏外」でした

神仏習合は和製不思議の国

日本人はもともと神教で、6世紀頃に朝鮮半島経由で仏教が日本に伝わった。平安時代になると国内に多くの寺院が作られ、そのあたりから神社と寺院の両方の機能を兼ね備えた物が現れたそうだ。明治維新で神仏分離が行われ今ではなかなか神仏習合のお寺を見ることはできない。とても残念に思える。僕は竹寺ではずっと「これは神社か、お寺か」と混乱していた。和製の不思議の国に迷い込んだようで楽しかったのだ。アリス気分だ。

境内に稲荷神社もあった

 
 

 

 
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