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ひらめきの月曜日
 
王78の都バスに乗って


大塚 幸代



新宿駅まで来て、携帯電話を忘れたことに気づいた。
バス停にも、バスの中にも時計があるし、困らないからいっか、と諦めた。そもそも私は会社員でもないから、数時間連絡がつかなくても、あまり他人に迷惑をかけることがない。
困るとしたら、急に母が倒れたりした時くらいかな、と思う。とすると、親が他界したら、私に携帯は要らないのかもしれない。

そんなことを考えながら、西口のバスターミナルまで向かう。
そう、今日は前々から乗ってみたかった、都営バス最長距離路線、新宿〜王子(王78)に乗るのだ。

私はとくにバスファンじゃない。
でもバスに乗っていると、いつまでもいつまでも、乗っていたい気持ちの時がある。
だから、都バス最長距離の、18.3キロのこのコースに乗れば、満足出来るんじゃないかなあ、と思ったのだ。



「ああ、これからいっぱいバスに乗るぞ!」
と考えたら、いつもの新宿の風景が、変わって見えた。
急に、全然知らない街、どこかの地方都市のように感じたのだ。
この角度から見ると、あのビルってこんなふうに見えるのか、なんて考えながら、乗り場を確認。8番乗り場。


 

バス乗り場を確認してから、発車時間を待つ。
旅テンションになってしまったせいか、地下街がキラキラして見えた。
新宿の何てことない通りが、東京駅や、成田空港の売店のようだ。「お金、使いたい!」という気持ちになる。「こんなところに占いのコーナーがあったのか!」という発見もあった。いつもは全く見過ごしていた場所なのに。
甘い匂いにつられて、普段、絶対に買わないであろう、ビアード・パパのシュークリーム衝動買いしてしまった。


 

もぐもぐと食べながらバス停に行くと、結構人が並んでいた。
当たり前だが、並んでいる皆さんは旅テンションではなく、通常モード。普通の都バス乗客だ。
シュークリームをかじる自分が、急にバカみたいに思えてきた。
…いやいや、まあいいか、と思いながら乗り込む。やっぱり乗るなら一番後ろの席の、右っかわだ。
平日、11時53分。バスは時間きっかりに走り出した。


 

お客の数を数えたら、自分を含め10人だった。
ほとんどの人がお年寄りで、フリーパスで乗っていた。

私の乗った席の横は、窓が開いていた。髪がびゅうびゅう揺れた。
でも気持ちいい。開閉窓のない山手線や中央線では、こうはいかない。

バスは高層ビル街をぬけて、建物のひくいゾーンにはいっていく。
「高円寺・豊玉北・東十条と環七通りを迂回して結ぶルート」……ということは、情報としては知っているのだが、地図の読めない女としては、何がどう走っているのか、まったく分からない。
私の頭は、地図を立体的に読み込む力が、ないようだ。
景色を記憶して、なんとかしのいでいる。「青い看板のタバコ屋さんの角を右に曲がって、見えてくる赤い屋根の家の手前を左折」みたいに、「その場面場面の記憶のツナ渡り」で、目的地に行きついている。
だから例えば、目印の「タバコ屋さん」が閉店してしまったら、迷う可能性が大だ。


 

だから、「へーここが東京医科大学」とか「ここが成子坂かあ、北新宿って再開発してるんだあ」とか、「あっ、ここ、(自分で料理出来る居酒屋)『清貧』かあ!」とか、
駅から徒歩で行けば分かるけれど、もし自分で自動車を運転したら、たどりつけないかもしれない場所を見かけては、ドキドキしていた。
自動車免許は持っていたけど「うっかり失効」している。でも自分の注意力と空間認識力のなさを考えると、失効して良かった気もする。
こうしてバス移動したほうが、人様に迷惑をかけない。

平日だったせいか、バスはすごい速度ですっとばしていた。もちろん法定速度だと思うけれど、車はローライダーのように、ぐわんぐわんとホッピングしていた。
香港で乗った二階だてバスも、大胆な運転で揺れがすごかったけど、それに負けないくらい揺れた。「運転手さん、昨日、何かあったのかな?」という位に。

10年以上前に、バイトしていた出版社の前も通った。
え、新宿からここには、こうやってくるのか、と初めて把握した。
バイト中によく食べた「3品のアツアツおかずが選べて、お味噌汁が付いて、500円のお弁当屋さん」を探してみたが、つぶれてしまったのか、もうなかった。いい店だったのに。


 

バスは高円寺へ。
このへんで物件探しをしたことがあったので、そうそう、あのくらいのマンションだと8万円くらいかなー、なんて考えてしまう。

環七へ曲がる。
環七は広い。これだけ広いと、やっぱスピード上げちゃうかもねえ、なんて思いながら、北上する。


 

窓の外から、時々、ふわっといい匂いがした。
キンモクセイの匂いだと思う。
東京の環七でも、キンモクセイは香る。

前まで住んでいた、野方を通る。この時点で12時15分。
よく前を通ったガソリンスタンドがつぶれていて、行ったことがないラーメン屋が出来ていた。
たった1年ちょいで、街なんか、じゃんじゃん変わってしまう。

さらに進んで練馬方面まで行くと、昔仲良かった人と、よく行った焼肉屋に出くわした。チェーン店、安楽亭だ。
その時は私が会社員で、向こうが駆け出しの自営業だったので、ごはんを全部おごっていた。
結局、私がお金を貸して、戻っては来なくて、ご縁が切れた。
安楽亭の、決して高級ではない肉を、うまいうまいと食べていた相手の顔を、思い出してしまった。
その人とは二度と会わないだろうし、二度とこの安楽亭に来ることもないのに、安楽亭自体は存在する。
その前を、私がバスで、何事もなかったように通る。何か不思議である。


 

風景はどんどん郊外になり、練馬区から北区に突入、団地の前を通る。
団地の前に、ファミレスとレンタルDVD屋。
ファミレスのごはんは、大人になってから食べると「んー、まあ、こういう味だよね」という感じだけれど、子供の頃は、超「ハレ」のゴハンだった。
ここで育つ子供がうらやましい、と思ってしまった。私の田舎には、何もない。
そもそも徒歩圏内にファミレスがある土地なんて、基本的に東京以外にはないと思う。

ファミレスのほかに、でかい紳士服屋、ホームセンター、タイヤ屋さんが見えて来ると、「ザ・郊外」という雰囲気になってくる。
それは、のっぺりした風景だ。でも土地に関わる人から見たら、意味を持つ大切な風景なんだろう。

王子駅に到着したのは12時45分。1時間はかかるという噂だったのに、平日なので、早く到着したのかもしれない。


 

王子の駅前には、初めて来た。こんなにひらけてるとは知らなかった。
しかしボーリングピンの模型が乗っているボーリング場って、久々に見た。


 

飛鳥山公園のあるほうは、クラシカルなたたずまい。

先にネットで調べておいた、評判の蕎麦屋「越後屋」のソバを食べ、有名な「扇屋の卵焼き」を買って帰ろうと思ったら、店員さんがいなかった。
現金をあまり持っていなかったし、諦めて帰ることにした。
そう、1時間乗車のコースといえど、suicaで200円ほどなのだ。


 

まあ、電車移動したとしても、210円なのだけれども。


東京を旅すること

東京で旅気分になれるかな、と試したことだったのに、見覚えの有る場所に出くわすたび、わーっと様々なことを思い出してしまった。
自分は、東京に住んで13年くらいしかたっていないのに、意外と東京とかかわっているんだなあ、
ということが分かって、びっくりした。予想外だった。
方向音痴でも、土地の記憶って、深く身体にしみこむものらしい。
ただ、バスに乗って、風景を見ているだけなのに、嬉しかったり悲しかったり。感情が「その場所」にいた時間にタイムワープしてしまうのは、ちょっとしんどかった。

でも乗車時は、ちょっとウキウキしたわけで。
200円で1時間のドライブが出来るっていうのは、やっぱりちょっといいなあ、他にはないなあ、また今度は誰かと乗ってみようかなあ、
そうすると気になるところで下車出来たりして、全然違う楽しみ方があるんだろうなあ、と思ってみたり、しました。

またいつか乗ろう、またいつか。

王子駅に展示してあった、絵手紙を、じっと観賞してしまった。クロックス風サンダルと、デコポンデコポン、デコポンポン…。自由だ。

 
 

 

 
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