既存標語のユニークさにふるえろ
冒頭でも触れたが、頭文字をとった標語というのは「ホウレンソウ」のほかにもビジネスに限らず様々な分野でかかげられている。
子どもの防犯標語「いかのおすし」などが有名だろうか。
さらに「ソーセージ」、「みかんていいな」、「大阪とうなぎ」などちょっと検索するだけでユニークなものが次々に見つかる。
これに勝るユニークで啓蒙的な標語を考えるのはかなりの難題だ。会議スタート当初の各メンバーの顔は緊張していた。
ホウレンソウのように野菜の名前で
「やはり標語となる言葉を先に決めたほうがいいだろうか。ホウレンソウを上回る野菜と考えれば出やすいかもしれない」
どうしていいか分からないメンバーたちに、林から方針が示された。
「”ブロッコリー”というのは以前から考えていた。歩留まり、ロット、個数、利益。工場での生産管理の標語だ」
おお、一同から声が沸く。
なるほど。野菜に限定すれば考えやすい。これに触発され、西村からも提案が上がる。
西村「賃金、原価、採算。これで”チンゲンサイ”というのはどうでしょう」
人件費を意識する標語である。緊張がとけた面々からさらに次々と案が出始めた。
セロリ 「 セキュリティ、ロック、リスク」 パイナップル 「 パッション、インタレスト、ナレッジ、プロダクト、ルール」
アンパンマン 「 案、パッション、マン=人」
提案はどれもなるほどというものばかりだが、やはり使い勝手の良さやインパクトが「ホウレンソウ」には及ばない。一同の間にまた静かな時間が流れた。
「ほうれん草よりも栄養価の高そうな野菜で標語ができると全方向的に標語のホウレンソウを上回ると思ったのだが……」
林が腕を組みながら「たとえば、ケールとか」と言うが、ケールじゃどう考えても標語にならないだろう。やはり、単語ありきで標語を作るのは難しいようだ。
早くも壁にぶちあたったか。一同が宙を見つめるなか、西村がぽつりとつぶやいた。
ブレストで言ってはいけないことば標語
「無理、もうやった、それ関係ない話……」
何かと聞くと、「いやいや」と頭をかいている。
「ブレストで言ってはいけない言葉というのを標語にしたいんです」
西村は、ブレストで思いついたことを素直に言って、それをたしなめられた苦い経験があるのだそうだ。自由な発想を阻害する言葉はブレスト中は控えたいもの。それを標語化したいという。
一同の顔がハッとなる。そうだ、標語のために作る標語などいらないのだ。必要に迫られて作る標語こそ標語だ。
西村同様、ブレストで発言をさえぎられて痛い思いをすることはこの場のメンバー誰にも覚えがあるところである。
座長の林の腰も浮く。「まみむめも」でいけるんじゃないか!?
ま「まだ早い」、む「無理」、も「もうやった」。なるほど、まみむめもは近そうだ。
メンバー総出で「み」と「め」にあたる言葉を考える。そんなとき、安藤がほえた。
「”カンムリワシ”だ!」
いや「まみむめも」はどうなったのさ、という一同の思いをよそに、西村も安藤に握手を求め、2人ががっちりと手を握り合った。
自然と周りから拍手が起こる。
え、「まみむめも」は?! 拍手出ちゃうの?
なり止まない拍手。確かにカンムリワシはイメージ的にもぴったりかもしれない。ブレストでの自由な発言をワーッサワーッサと大きな翼を広げて飛び交うカンムリワシに阻害されている風景が頭にうかぶ。そうか、「カンムリワシ」か。
ブレストで言ってはいけない言葉は「カンムリワシ」で覚えるべし。
参加者が初めてこの開発会議に手ごたえを感じ、成功を確信した一幕であった。
押さえておきたいウェブサービス標語
喜びにわき、油断ともいえる空気が流れ出したところで林がつぶやいた。
「Foursquare、Tumblr、LinkedIn、DailyPortalZ……」
「この4つのサービスの頭文字をとると、”ふたりで”になる。これは新標語開発のチャンスだと思うのだが」