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コネタ


コネタ237
 
あきらさんのもので溢れる『あきら書房』
蔦の塀が目印?あくまでもひかえめな表玄関

そのとき私たちは道に迷っていた。
「ここらへんだよ」
「いやあっちの消防署だよ」
互いに罪をなすりつけあい心が荒んでいた。

そんな時、突如として現れたのは目的の場所ではなくて今流行の一軒家ショップ。

突如ではあるけれども、思わず通り過ぎてしまうほどの控えめなその店は『あきら書房』という。

『玄関の中にどうぞ』
『土足のままでどうぞ』
道しるべのような看板に導かれるように、私たちはその空間に足を踏み入れていた。
もちろん土足です。

(text by 土屋 遊

不審者的に入店

「ごめーんくーださーい」
とは言わなかったが、この言葉がいかにも似合いそうな佇まいを持つ『あきら書房』はご自宅の一部を店舗として営業している。
歴史・戦記物をメインにドキュメント物や尋常小学校の歴史教科書などもあるという古本屋さんだ。
およそ6畳くらいだろうか、その小さなスペースに古い書物や雑誌がぎっしりと詰まっていた。

一緒に道に迷っていた友人「神田ぱん」と私は、あたりを伺うように入店。
人の気配は全く感じられずに足音を忍ばせ、思わず声をひそめてしまう。

これではまるで泥棒ではないか。

もし第三者に目撃されれば通報されていたかもしれない、今思えばかなり不審者的行動をとっていた二人だった。


「売り物なのかディスプレイか」目利きをするのも楽しい店頭陳列

一軒家ショップは一軒家カフェでもあった

泥棒モードな私たちが、お客としての自覚を取り戻したのは店主らしきおばさんがいきなり現れたからだ。
おばさんは小さなお盆の上にちょこんと乗せたお茶を目の前に差し出してくれた。

「どうぞどうぞ」
「わーそんなー!すいませーん」

淡いうぐいす色をしたそのお茶はちょっと甘くて不思議な味がした。
飲んだことがあるようなないような味。
すごく、おいしい。

その時点で取材をするつもりは全くなかったのだが、お茶の旨さに感動した私たちはせっかくだからと言う理由で写真撮影の許可をもらい、せっかくだからという理由でもう一度お茶を差しだすシーンを再演してほしいとおばさんに願い出る。
「あらまあ、そんな、まあ」
と言いつつお盆を手渡してくれたおばさん。

早い話が限りなく『やらせ』に近いこの写真が、これほど自然に撮れたのも全ておばさんの持つ存在感のおかげだろう。
神田ぱんのわざとらしい笑顔が目立たなくてよかった。


リハーサルを経て本番。湯飲みの中はすでに飲み干したあと。

ノートに在庫リスト一覧が。
珍しいキーホルダーたち。一個100円
台風にも耐えた雑誌陣

あきらさんのもので溢れる店内

おばさんが裸電球のスイッチをカチッと入れてくれたので店内はいきなり明るくなった。
書物以外にも色々なものがランダムに陳列されている。

土「おお、これは……」
神「珍しいキーホルダー」
土「アフロ犬ですかね……」
神「……ですね」
土「めずらしいですね……」
神「ですね」

珍しいキーホルダーの他にも、レコード、雑貨、益子焼などの陶芸品が置いてあった。
一軒家だけに、飾りなのか売り物なのかよくわからないものもある。
かわいらしい柄の入ったガーリーな益子焼は陶芸家である娘婿の作品。古本を中心にほとんどの商品は真の店主、おばさんのご主人の所有物だったものだと教えていただいた。

土「ご主人の……?」
神「もしかしてご主人のお名前って、あきらさんですか?」
店「ええ、そうなんですよ、ほほほ」
土「あきらさんのか……」

あきらさんの古本
あきらさんの古雑誌
あきらさんの珍しいキーホルダー
あきらさんのあきらさんの……。
店主の蔵書販売はそう珍しいことではないけれども、所有者だった人の名前を知ることによってモノに対しても親近感がわいてくるのは妙だった。
いきなり商品の全てがあきら人生の断片であるような気がしてきたのだ。


(きっとあきらさんはこのSFマガジンを大切に読んだのだろう……)

そう思うと、なんだか『リサイクルの日』に資源ゴミとして捨てるのがためらわれるではないか。
モノを大切にするということはもしやこういうことだったのか。

しかしSFマガジンは家屋の外に置いてあった。念のため、つい先日の超大型台風の時に野外商品はどうしていたのか聞いてみた。

「そのままそこに置いてありましたよ、大丈夫でしたね」
「そっかー飛ばされたりしないんだーははは」
「ははははは」

それでも私はきっと、このSFマガジンをなんだかいつまでもたっても捨てられないと思う。
そういう店は、きっといい店だ。


ふり返ると、看板があった。

『あきら書房』の所在地:マジ不明(杉並区のどこか)

コネタとして扱うつもりはなかったので住所も電話もわからない。
しかも道に迷っていた最中だったので「もう一度行け」と言われても満足に案内出来る自信がまったくない。
でもそれもいいかな、って思っている。
勝手ではあるけれども、散歩のとちゅうで偶然に見つけた店であるのが一番ぴったりくると思うのだ。

どうしても行きたい人のために2,3の確かな情報

・阿佐ヶ谷と高円寺をウロついていた時だったので杉並区であるのは確か。
・青梅街道のすぐ近くであることは確か。
・店の奥を覗いたら台所とこたつが見えたのは秘密だけど確か。
・杉並散歩は面白いよ。

杉並で出会える人その1。近辺の川沿いでは有名なおじさん。彼の話はスケールがデカい。

 
 

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