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コネタ


コネタ239
 
タマちゃんのいた街
当時の鶴見川の見物客の写真。 果たして現在はどうなっているのか……。

2002年8月、多摩川にひょっこり現れたアゴヒゲアザラシはその居を転々としながら、日本中を熱狂の渦に巻き込んだ(過去のDPZでも、鶴見川荒川の出現当時の様子をみることができる)。

それから約2年ほど経ち、今ではその名を聞くこともほとんどなくなってしまった通 称タマちゃん。かつて日本中を虜にしたタマちゃん出現スポットは、今はいったいどうなってるのだろう。ということで、ふたつの河原を実際に観にいってきました。

(text by 宮崎 晋平

鶴見川出現スポット

出現した中でも、恐らく最も盛況だったのがここ、鶴見川だろう。鶴見川にかかる、大綱橋と新羽橋の近辺に出現していたというが……。とりあえず、大綱橋にいってみることにした。


当時はここに見物客が押し寄せたようだが……。
ススキの生い茂った河原。

……当時を忍ばせるものはなにもなく、河原には犬の散歩をする人や座り込んでくつろいでいるカップルなど、きわめて平凡な風景がそこに広がっていた。
そこで犬に散歩をさせている婦人に、タマちゃんについて訊いてみることにした。


2匹の犬が人なつっこくてとってもカワイイ。

「タマちゃんにはずっといて欲しかったんですけどねぇ。 いなくなって寂しいと思う反面、この汚い川で(※鶴見川の水質は、当時はワースト5だったそう)、病気にならなくて良かったと思いますねぇ。 だからおよそにいってよかったって思います。この川がキレイな川だったら私もお勧めですけどねぇ。
この川がキレイになったら、そりゃまた戻ってきて欲しいわよ。でももうタマちゃんは大人になって海に戻ってちゃったみたいだから、他のアザラシとか色んな生き物が、来てくれると楽しいんですけどねぇ」

ちなみに写真を撮ることはできなかったのだが、この大綱橋の近辺には、タマちゃんよりも以前からバリケンという鳥が生息しているようで、地元民の間ではそれなりに人気らしい。

他の人からみれば、この婦人の言うアザラシやいろんな生き物がいる川というのは、もしかしたら実現の難しい、単なる想像として片づけられてしまう類のものかもしれない。でもぼくは、この想像を支持したいと思う。想像できるということは、実現できる可能性に一歩近づいているということでもあるのだから。だから、ぼくもこの婦人の真似をして、そんな川を想像してみようと思った。

京浜河川事務所の方のお話(その1)

さて、続いては、タマちゃんの出現した川の管理を担当していた、京浜河川事務所の方々にお話しを訊くことができた。諸事情によりインタビューは2回に分けて行うことになり、計4名の関係者の方にお話を伺ってきた。まずは、当時生き物の担当だった石田さんと、ホームページの担当だった石川さんの2名に、当時の様子を振り返ってもらおう。


石川さん(左)と石田さん(右)。石田さんは住さんの記事のファンだそうです。

石川 タマちゃんの最初の報道は、富山かどこかに旅行にいっているときに旅館で観たんですよ。まさか仕事になるとは思ってなくて(笑)。

石田 なんとなく世間が夏休みモードだったっていうのもあって、ニュースのソースが少なかったっていうのもあるんですよ。そうこうしているうちにフジテレビに川の取材をしたいからロケハンに付き合ってくれって言われていて。

石川 タマちゃんが発見されて4日目くらいですかね、その時に実際にみたんですね。その頃はまだテレビカメラも1台か2台は来てたんですけど、観客もそんなには多くなかったんです。
で、その日の夜に鶴見の養老の滝で呑んでて(笑)、ホームページを作ろうかと。みんななんでアザラシがいるのか不思議だろうから、Q&Aを考えようと。どこにいるのかもお知らせして。まあ2、3日したらいなくなるかなっていう位 の軽い気持ちで。だからあんなに大袈裟になるとも思ってなかったし、話題にもなるとは思わなかったんです。

石田 まあちょうど夏休みモードでまったりしている時期だったんで助かったんですけど、あれだけ話題になって一番大変だったのは電話応対だったんです。鳴りやまないんですよね。

石川 でもホームページで情報を発信するとピタッと止まるんですよね。ホームページの力っていうのはすごくて。例えば、目が赤いけど大丈夫かって、心配した人から問い合わせが結構あったんですけど、ホームページで専門家に「目が赤いのは異常じゃありません」って言ってもらうと、そういう電話は収まるんですよね。

石田 そんな中でも電話で印象的だったことがふたつあって。
ひとつは「タマちゃんを助けてください」っていう内容の電話だったんですけど、どんどん高ぶっちゃって、そのうち泣き出しちゃったんですよ。「お願いだからなんとかしてください」って。
あともうひとつは、障害あって言葉が不自由な人が、辿々しい言葉で切々と「なんとかして欲しい」って訴えかけるんですよ。
それくらい、みんな「タマちゃんかわいそうだ」って電話してくるんですよね。

石川 タマちゃんのために甘い物を絶ってますっていう女性もいましたよ。ちょっと笑っちゃいましたけど(笑)。
工事を止めたりとか、巡視を増やすとか場合によっては柵を設置したりとか、 専門家が健康状態を確認するためにビデオを観たいっていえば、巡視員にビデオを持たせたりとか、全国の水族館に電話して問い合わせたりとか、ぬ かりのないようにしましたけどね。 もし仮にタマちゃんになにかあったら、全部京浜河川事務所の責任になりかねない勢いがありましたからね。

京浜河川事務所では、タマちゃんを巡って大変だったようだ。そんなタマちゃんは、やっぱり憎たらしかったりするのだろうか?

石田 憎たらしいっていうのはなかったですね(笑)。
日々の対応に追われながらも、どこかで愉しんでいる部分というのは多分ありましたから。
僕らが川の管理をしている上で、これからまたアザラシがでてきて大変な騒ぎになるっていうことはないだろうけど、何か事件が起こったときに、世の中から特に反響を呼んで、問い合わせが沢山来ることがあるかもしれないじゃないですか。
その時に、ホームページっていう武器を使って情報発信するっていうことを学んだりとか、今思えばそういうトレーニングが出来たのかもしれないって思ってるんです。

タマちゃんの騒動を振り返って、石田さん達はこう話す。

石田 あの騒動を振り返ると、彼ってすごく役者なんですよ(笑)。夏休みのほんわかしたときに出てきてさあ……(笑)。

石川  クリスマスに出て、流行語大賞の時に出て、って、節目には必ず姿を現してるんですよね。

石田 花火大会のときにいなくなって、「どうしたのかなあ」って思ってたらひょっこり出てきたりして。それからもしばらく姿を見せないときがあると、結構証言する人が出てくるんだよね(笑)。「猛烈な勢いで海に泳いでいくタマちゃんを見かけた」っていうオヤジが出てきたりとか(笑)。

石川 まあ亡くなってたらどうしても目立っちゃうはずなんで、どこかで元気にやってるんだと思います。

他にも、「タマちゃんは電車に乗って移動する説」など、色々と面白いお話を聞いたんですが、スペース上割愛させていただきます(ごめんなさい)。

続いて、最後にタマちゃんが目撃されたスポット、荒川・秋ヶ瀬橋にいってみました。

荒川・秋ヶ瀬橋近辺の様子と村長という名の男

雑草に埋もれている、思わず哀れを誘うタマちゃん看板。
確かあの辺にタマちゃんが出ていたはずだが……。

人影はちらほらとあるものの、閑散とした空気が流れている。

放置されたアザラシ看板が痛ましいが、同時に時の流れも感じさせる。長閑というのとはちょっと違う、この独特の乾いた雰囲気は、どことなくヴィム・ベンダースの映画を思い起こさせる。なんとなくこの場を離れがたくウロついていると、村長と名乗る男性に出会った。

村長は、河原に停めてあるバンで、サブという名の犬と一緒に暮らしているようだ。 話を訊くと、もう40年以上もこの河川敷で生活をしているらしい。「お前には特別だ」と言って、村長は(なぜか所有している)夥しい数のタマちゃんの写真を、惜しげもなく披露してくれた。


数ある写真の中でも、とりわけて村長お気に入りの1枚。
村長の愛犬、サブ。おとなしくて聡明な目をしているこの犬は、村長の良き伴侶なのだろう。

当時は村長の元に市井の人たちや新聞記者などが押し掛け、タマちゃんの動向について尋ねていったという。

「なんで出てこないんだ」とか、「次はいつ出てくるんだ」とか言われたって、一緒に泳いでる訳じゃないんだから分かる訳ねえだろう!!(笑)。タマちゃんが出なくなって寂しいでしょう? なんて訊かれることもあるけど、寂しくなんかない。自然のヤツは好きなように生きて、そのうち逝っちゃうんだから。

でも、近くで生活してた訳だし、本当はやっぱりどこか寂しいんじゃないですか? と、しつこく食い下がって訊いてみる。 例えば、愛犬のサブがいなくなったら寂しいのと同じように……。

(寂しい目をして)サブはいなくならないよ。サブはまだ大丈夫だよ。そんなことより、もっと良い写真を見せてやるよ……(といって話をはぐらかす)。

その少し狼狽している表情をみて、村長にとってはサブがかけがえのない存在なのだなあと思った。もし仮に、サブが村長の言うことを全然聞かなかったとしてもだ。


お手をさせようとする村長と、それを笑顔で受け流すサブ。

京浜河川事務所の方のお話(その2)

それでは、最後は京浜河川事務所で当時石川さんの元で働いていた保科さんと、WEBのデザインなどを担当している清水さんにお話を伺って、この稿を締めることにしよう。


保科さん(左)と清水さん(右)。お忙しいところありがとうございました。

清水 タマちゃんがいなくなってから、タマちゃんメモリーっていうホームページ内でタマちゃんの絵を募集したことがあって。もう凄い数集まっちゃって、一部屋埋まっちゃうくらいいろんな小学校からイラストが送られてきて。

保科 選定するのに大変でしたね(笑)。最初は全部載せようとおもっていたんですけど、途中から収集がつかなくなっちゃって。それで選ばせてもらって掲載したんですけど。で、応募してくれた人たちにはタマちゃんバッジをプレゼントして。
中には大学教授の方で、どうしても欲しいっていう電話をくださった方もいらっしゃいましたけどね(笑)。

−− タマちゃんグッズはバッジの他にも作ったんですか?

保科 ゴミ袋ですね。これももうつくってないんですけど、燃えるゴミと燃えないゴミの2種類を作って。これはクリーン作戦に協力してくれる団体に配ったんですけど。今はもうタマちゃんがいないんで、このゴミ袋じゃないらしいんですけど。
あとはホームページからダウンロードできるカレンダーですね。

バッジは各色2,000個くらい作ったらしいのだが、イラストの応募者に配ってしまったため、もうほとんど残っていないらしい(今回頂いたのは倉庫の奥から見つかったデッドストック)。


デットストックのタマちゃんバッジ。
こちらもデットストックのタマちゃんゴミ袋(燃えるゴミ用)

多摩川に出現した際は、ギャラリーの数も「川に落ちてしまいそうな程(清水さん談)」多く、その数はある資料によれば1,000人を越える程だったという。

清水 お店も出てたくらいですからね。アイスとか、タマちゃん焼きとか。鶴見川の時には、パンなんかもあったみたいですけどね。タマちゃん焼きとかは、今でもたまに見かけますけどね。

-- タマちゃんにまた戻ってきて欲しいですか?

保科 そうですねぇ(笑)。でも、タマちゃんにとっては川にいるよりも北の方にいった方が……。

清水 タマちゃんはいてもいいと思うんですけど、周りの方の反応が凄いので、それがちょっと……。

保科 電話もかなり多かったですしね(笑)。仕事も中断せざるを得ないような感じで。

やはり先のお二方と同じく、タマちゃんに対してはちょっと複雑な感情を抱いているようだ。最後に、もしタマちゃんに捧げるコメントを聞いてみた。

保科 そうですねぇ……。まあお元気で(笑)。どこにいるかわからないけど、たまには多摩川のことも思い出してください(笑)。

清水 まあ色々と言いたいことは当時はありましたけど(笑)、今は良い経験をさせてもらって感謝しています。ああいう経験っていうのは、望んでできるものではないと思うので、それに携われたのは良かったと思います。直接言うとしたらですか? うーん、ありがとう、かな(笑)。

タマちゃんが現れたとき、ニュースは暗い話題ばかりのなか、一服の清涼剤のような役目を果 たしていたとぼくは記憶している。
あれから2年が経った今でも、あいかわず楽しくなるようなニュースはあまり耳にすることもなく、むしろ状況は悪化しているみたいだ。 苦労した京浜河川事務所の方達には悪いが、もう一度多摩川かどこかに現れて、みんなをちょっとでも楽しくしてくれればなぁと、ぼくはなんとなく思いました。

タマちゃんに想いを馳せ、河原でたそがれる筆者

参考リンク
  京浜河川事務所
  タマちゃんメモリー

今回京浜河川事務所の方に頂いた、タマちゃんバッチとタマちゃんゴミ袋を、それぞれ一名様にプレゼントさせていただきます。

欲しいと思った品名、デイリーポータルZへの感想などを明記の上、ご応募ください。
まってます!
・しめきり:2004年11月12日17:00
・当選者の発表は発送をもってかえさせていただきます
 
プレゼント募集期間は終了しました。
たくさんのご応募ありがとうございました。

 

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