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コネタ


コネタ321
 
わんこそば・84才伝説
出番を待つスタッフとわんこそばさん達

「遊さん?明日お昼ご一緒しません?ごちそうしますよ」

電話の向こうは旧友である伊藤さん。めずらしくランチのお誘いだった。
よく聞いてみりゃ阿佐ヶ谷の商店街で2日間にわたり開催されているミニわんこそば大会(無料です)のことらしい。

今日も行ったから明日も行きたいのだという。
自分は16杯食べましたと挑発的に記録も報告してきた。
過去には元禄寿司(元祖回転ずし)の女大食い記録を保持していた私、ファイティングスピリッツに火が着きました。
ボウボウと。

(text by 土屋 遊

人もまばらな開始30分前

貸店舗前のリングで伝説が生まれるか

このあと次々に参加を申し出る観衆のみなさん

なごみムードにゆるむ、わんこ闘魂

ところは南阿佐ヶ谷すずらん商店街。
『ミニわんこそば大会』は、優勝者から6位まで豪華景商品が贈呈される先着60名の大会。
順番に6人づつ参戦し、2分間でどれだけ食べられるか競うので、胃袋よりも早食いが勝負の分かれ目だ。

参加者は、折り込みチラシを見てきた人や買い物帰りの主婦や家族がメイン。
開始20分前にもまだ定員には達してはいないようで、スタッフの方々はわんこスカウトにお忙しい。
「わんこそばどうですか〜、全員参加賞がもらえますよ〜」
「全員に『酒まんじゅう』ですよ〜」

今から熱いバトルが行われるというのに、誰一人として緊迫した表情の者はいない。
私は仮設テントのオバサンと世間話などをしながら、試食のソバまんじゅうをつまみ開始時刻を待っていた。
ボウボウだった闘争本能はメラメラくらいに縮小。気が付くと6個も食していて、仕方なくジーンズのベルトを緩めることになった。


カベ時計カウントダウンがはじまった

オッサンが、カミさんに黙って自宅のリビングから拝借してきたようなカベ時計を空にかかげ、開始時刻のカウントダウンがはじまった。
ファイヤー精神ゼロに見えた老若男女のソルジャーたちも、仮店舗前に設けられた戦場に立つとちょっとだけ顔が引きしまる。

5,4,3,2,1,開始〜!!
「おおおおっー!」
早いなあ。6人の参戦者の中で、ペースの早い人や、今にも吐きそうな人を見つけるのがけっこう楽しい。
エントリーしたものの、怖じ気づいたのかキャンセルする方も続出でナンバー36の私の順番もあっという間にやってきた。


ヤケクソでほおばり意地を見せつけた

これだけ食べても気品漂う松田さん

28杯。そしてすずらん伝説がうまれた

2分間のドラマ

いよいよ私の番。
出だし好調だった。
おかわりのソバを入れてくる八代亜紀に似た女性も
「あら早いわ早いわ」
と言いながら、せっせと運んでくれていたが、突然パッタリと飲み込めなくなってしまった。喉元を通らないのだ。ゴックンとしようとするとウグッとなる。早食いには御法度である水を飲んでみたがそれさえも通らない。記録はあきらめたが、ラスト20秒くらいではヤケクソで次々にソバを口に放り込み、頬にためることで意地を見せつけた。
26杯、惨敗だった。
「最初よかったのにねえ」
と一緒に残念がってくれた八代亜紀に感謝し、
「トレーニングして来年もきますっ」
とつい宣言してしまった。
胃袋にはまだまだ余裕がある。さっそく参加賞の酒まんじゅうを飲み込みながら、ゴックントレーニングさえ積めばもっとイケる、そんな気がした。


84才のチャレンジャー

さてその後は、息子のオンと伊藤さんご家族とが次々に参戦。
私が見せつけたわんこ魂に触発されたのか、昨日は16杯だった伊藤さんが今にも吹き出しそうな勢いで32杯も平らげたのには驚いた。
しかし何よりも驚いたのは84才、松田アサさんのご登場である。

松田さんが席についた時、観衆のだれ一人としてご活躍を想像したものはいなかったと思う。
しかしスタートからラストまで、しなやかなる箸さばきで全くペースを崩すことなくソバを口に運ばれていた。
むしろ、
「喉につまって倒れちゃったらどうしよう」
などと案じ、最前列を陣取って事故対策に努めていた私が情けない。大正生まれの底力を目の当たりにして感動にふるえた瞬間だった。

 

通りすがりの人を巻き込む


伊藤さんは、たまたま通りすがった林さん(伊藤さん次男の友達のお父さん)を捕まえて、無理やり参加させようとしていた。
「いや俺はいいですよ」
と断る林さんの名前を勝手にエントリーする伊藤さん。
主催者サイドも、すでに定員オーバーであることを告げていたようだが
「69人ではよくないですよ、69ですよ、69!やっぱりキリがいいから70人じゃないと」
とねじ伏せ、足りない分は卵でもお茶葉でもなんでもいいから、と参加賞の追加分までリクエストしていた。
32杯の自信が彼女を動かしたのだろう。それはあまりにも気の毒な光景であったが、わんこの世界ではヒヨッコである私はだまって陰から眺めるしかなかった。

吹き出さんばかりの伊藤さん
吐き出さんばかりのオンの勇姿
最年少、最後まであきらめない姿に拍手が起こる
アフリカの王様ではなくて伊藤家長男37杯!

 

優勝者は1.2秒に一杯!

バトル後半にはいると、続々とみなの記録が伸びていった。たしかに最初から観戦していると、わんこのコツもなんとなく掴めるし、ペース配分の目安にもなる。

優勝者は、55杯分のソバを胃袋におさめた田中誠さん。
鍛え抜かれた見事な肉体をご覧いただきたい。ゴックン筋肉もさぞかし発達しておられるのだろう、ソバがお椀に入ると同時にクワッ!と飲み込んでいた。単純に計算しても約2.2秒に一杯のペースだが、ソバの行き来に少なくとも1秒はかかっていたから、おそらく1.2秒ペースだと思う。それほど瞬時だった。

そして準優勝に輝いたのは、惜しくもマイナス2杯の僅差で破れた林さんだった。そう、あの、いや俺はいいですよの林さんだ。
「鍛えてきて来年は優勝をねらいますよ」
と抱負を語る林さん。みんなが同じようなことを口にしながら、一年後の再会を誓う。
自分の可能性を見いだせるポジティブシンキングな競技、わんこそば。この世にわんこそばがあるかぎり、とりあえず84才までがんばるつもりです。(みんなそう言ってました)


すでにチャンピオンの風格が。田中誠さん
最後まで謙虚を貫いていた林さん

本物はやはり違っていたのだった

終始おだやかなムードで進行していたと思っていた『ミニわんこそば大会』でしたが、取材後、写真をチェックしていたら、するどい眼力を感じました。
最初から記録をねらう人の目はやはりどこか違います。
それはまるで獲物をねらう鷹の目のようでした。
おおげさでしょうか。おおげさです。

虎視眈々と記録をねらう田中さん

 

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