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コネタ


コネタ389
 
「おめかしコインロッカー」を鑑賞する
こういうやつ

新宿駅には携帯電話をカギにして利用できるネットワーク型のコインロッカーがある。自由に電話番号を登録できるので、相手を指定して荷物の引渡しなどもできる。便利だ。

携帯電話とのコラボレーションが実現されたロッカー界だが、そういう時代の先端は置いておいて、今回は「おめかしコインロッカー」に注目したい。扉部分になぜか絵や写真を貼ってしまっているコインロッカーのことだ。ご覧になったことのある方も多いのではないだろうか。名前はいまぼくが名づけたんですけど。

日本にコインロッカーが登場して40年余。爛熟期を迎えて久しいロッカー界のオアシス、「おめかしコインロッカー」。今回はその実態に迫ってみよう。

(text by 大山 顕

大きい駅でしばしば見かけるこの「おめかしコインロッカー」。その意図するところははたして何なのか。

それはおそらく「ほのぼの感の演出」なのではないかと思う。ボックス数が多いロッカーはその大きさゆえに周囲に圧迫感を与えてしまう。なにかとストレスの多い駅構内。ならば扉面をおめかしすることで少しでもその圧迫感を和らげることはできないか、というロッカー担当者による提案型ソリューションなのだ。たぶん。

今回いくつか「おめかしコインロッカー」をリサーチしたが、おめかしのモティーフから見ても、そこには「ほのぼの」が志向されていることがうかがえた。いくつか見ていこう。

なお「おめかしコインロッカー」って呼び名が長いので「キムタク」みたいに略そうと思ったが、関西弁的に非常に問題のある響きになりそうなのでやめておいた。

 

●自然系おめかし

青々とした芝生。青い空。快適な木陰をつくる巨木。吹き渡る初夏の風。集いくつろぐ人々…ここは新宿西口。脇にはホームレス。ほのぼのな絵が図らずも眠らない街のストレスフルな状況を際立たせる結果となった。

ほのぼのと言えば、まずは自然の風景である。上のコインロッカーは基本に忠実なその典型例。心安らぐ公園の風景が、新宿の地下コンコースに憩いのひと時を演出します。しません。

横長の扉面にバランスよく収まった画面構成におめかし担当者のこだわりが感じられる、おめかしコインロッカーの名品。しかしほのぼのがうまくいけばいくほどほのぼのから遠ざかるのは新宿西口のなせる業か。

 

●子供系おめかし

写真の尺が足らなかったので同じものを横に並べてしまうぬかりっぷりは「おめかしコインロッカー」の定石。寄り目で見つめても立体的に見えてきたりはしないので注意しよう

ほのぼのの王道、子供である。花咲き誇る花壇に腰かけ、見つめあう幼い二人。「おおきくなったら結婚しようね!」という声が聞こえてくるようだ。

みどころはやはり写真の尺が足らなかったので同じものを横に並べてしまったなげやりなレイアウトだろう。ほのぼのを2枚並べてもほのぼのは2倍にはならない。これをおめかしコインロッカーにおけるウェーバーの法則という。うそです。

 

●動物系おめかし

子供に続いて動物モノ。ほのぼののセオリー通りだが、なぜかシマウマ

ほのぼののもうひとつの雄、動物モノである。

上で紹介した子供系と同様、同じ写真を二枚並べるなげやりレイアウトはここでも健在だが、こちらはなぜか左右反転しての並置プレイ。左右対称で両側からシマウマに見つめられると怖いということをあなたは知っていただろうか?

モティーフそのものに関しても、ほのぼのを目指すなら侘び寂を意識したモノクローム草食動物ではなく、もっと別の動物選択があるだろう、と言わざるを得ない。犬とか猫とか。しかしこれは、このおめかしが多摩動物公園の広告も兼ねているためにこういう人選になったと思われる。多摩動物公園で猫ってわけにはいかないのだろう。

しかし、そのためにほのぼの感が損なわれてしまっているのも事実。このおめかしに関しては、ほのぼのをとるのか広告をとるのかスタンスをしっかりと定めた上でもう一度出直していただきたい。きらいじゃないけど。

 

●気球系おめかし

京都駅でのおめかし。安易な古都の風景をモティーフに選ばなかった点は評価したい

いきなりジャンルとして「気球系」ってことはないだろう、と思われるかもしれないが、気球をモティーフとしたおめかしコインロッカーは少なくない。現におめかしコインロッカー評論家の間では、この「気球系」は確固たる1ジャンルとして定着している。ほんとか。

たんなる自然の風景では飽き足らなくなったおめかし上級者がモティーフとしてしばしば選択するのがこの気球系であるとされている。気球がある場所ならば、おのずと自然の風景も収められ、かつ気球のビビッドな色使いも楽しめるという寸法だ。

気球の華やかな色合いと雄大な自然風景とのメリハリのあるコントラスト。ダイナミックな画面構成でありつつ、気球がもつおおらかな雰囲気がほのぼの感も演出。気球がおめかしのモチーフとして多用される理由がここにある。今後も「気球系」には注目していこうと思う。

 

●広告系おめかし

旅心を誘う広告系おめかし。風景+車両という構成はもっとも一般的なもの

企業社会ニッポン。それがロッカーの扉面であれ、人目につくとなれば、そこに広告を載せようという発想がでてくるのは当然だ。上はJRが自ら旅の広告をロッカー扉面に施した例。

しかし、ここでも「ほのぼの」の思想は健在だ。中央に「こまちで行く秋田の旅」とコピーが据えられているものの、左右のおめかしには余計な文字はない。これまで見てきたおめかしに近いものを感じるだろう。特に向かって左の海辺の風景は、コピーがなければ「自然系」として分類しかねない。

広告とはいえ、その控えめな画面づくりに、おめかしコインロッカーの確かな伝統を感じる作品である。


こちらも風景+車両という構成の広告系おめかし。注目は向かって一番右端の列だ

上の作品もまた風景+車両の広告系おめかしだが、一番右端のたった1列だけ別の風景系とおもわれる写真がおめかしされている。車両の写真の尺が足りなかったゆえ応急処置だろう。そのぬかりっぷりがほほえましい。

この「しょうがないなあ(苦笑)」というおめかしプレイこそ「ほのぼの」の極北なのかもしれない。ドジっ娘ほどかわいい、といったところだろうか。女性の方々にとってこのロッカーから学ぶことは多いと思われる。

 

大阪の玄関口、新大阪駅のおめかし作品。純粋な広告おめかしにナニワ商人の心意気を感じる

一方で、数は少ないがまったくほのぼの機能を持たない純粋な広告系おめかしも存在する。上はその一例。新大阪駅のおめかしコインロッカーである。

コインロッカーに頭痛薬。どうなんだ。広告効果はあるのか。「インフォマーシャル」という言葉もあるように、昨今メディアとターゲットと広告内容の関連性が重視されつつあるが、そんな浮かれたマーケティング手法もどこ吹く風である。

ほのぼの要素をまったく持たない純粋広告おめかし。さすがはナニワ商人である。

 

●ハイブリッド型おめかし

海と空と大地と。自然界のエレメントをひとつに詰め合わせた、大阪駅の幕の内おめかし。おなかいっぱい

こちらは「子供系」や「動物系」でご紹介した作品たちとは異なり、尺が足りなくても同じ写真を並べるのではなく別のモティーフを並べたおめかしだ。

いままで同じ写真を並べているさまを「なげやり」と評してしまったが、これを見るとそのことを謝りたい気分になる。目に鮮やかなサンゴを中心とした海中風景とおめかしの基本形である気球をならべて面積を埋めたプレイには確かなやる気を感じるが、やる気はあれば良いというものではないのかもしれない。

もはやここにはほのぼのを越えた何かがある。いわばおめかしコインロッカーのひとつの到達点と言えるだろう。それにしてもずいぶんなところへ到達したものである。

おめかし担当者の創作意欲が、見る人をほのぼのの地平線の先へと誘う。こういうのを「ロマン」と言うのかもしれない。

おめかしコインロッカーに三脚を預けてみた。使い心地は、ふつう。そりゃそうだ。

おめかしの機能は「ほのぼの」にあり、と仮説を立てて挑んだ今回のレポート。調査の最中「もしや自分が預けたロッカーの位置を覚えやすいようにおめかししてあるのでは?」というしごくまっとうな仮説も頭をよぎったが、それは思いつかなかったことにしたい。

 

 

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