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コネタ


コネタ515
 
火渡り修行、ふたたび
燃えるような文字が待ちかまえます

「火渡り、どうですか?」
と、誘われた時にはコーフンしました。
もともとは修行中の山伏が、燃えさかる炎に家内・交通・身上の安全を祈願のあと、素足で渡る修行だといいます。

あれです。あれしかありません。
小さいころ、極真カラテの荒行「火の輪くぐり」を観たことがあります。
髪や衣服とともにファイティング魂も焦げついてしまうあの炎の上を、私に歩けというのでしょうか。
調べてみりゃあ
「水ぶくれができました」だの
「去年のやけどが悪化して流血しました」
といった体験談ばかりが目につきます。

祭場となる高尾山公式サイトにも
 『Q:熱くないのですか?』
 『A:私は渡ったことがないので……大丈夫、心頭を滅却すれば火もまた涼し』
などと人ごとのように書いてあるではありませんか。

あームリムリ。心頭を滅却などできません。そもそも意味がよくわかりません。

(text by 土屋 遊

高尾山のふもとで

高尾山を見上げたのは、久しぶりでした。

小学校の遠足で、ムカデに追いかけられて(と思い込んで)散々な目にあったことがあります。
中学の部活では、走って登らされて、生命の危機を感じたこともありました。あれから私はすぐに陸上部を一時退部したのでした。

そう、あまりよい思い出がないこの高尾山の麓で、私は無事に火の上を渡りきることが出来るでしょうか。(いきなりやる気まんまん)

山に向かう人、火に向かう人
ボウーボウー山伏パレード

ホラ貝の凱旋

万が一のために、臨時スタントマンに同行してもらいましたが、現場に着くとなにがなんでも歩いてやろうじゃないかという気になるのがふしぎです。

蕎麦をかっくらっていた私たちの耳に、山にひびくホラ貝の音が聞こえてきて、慌てふためいて店をあとにしました。

山伏たちの行進です。英語で言うところのパレードです。
山伏を見るのは初めてで、頭(額)の上に、多角形の小さな帽子のようなものが乗っかっているのがひじょうに気になりました。

剣道の達人であれば、とーとつに竹刀で「面っ!」とやってあの黒いブツをつぶしてみたい衝動に駆られるところですが、そこは初心者、おとなしく妄想のみにとどめておきました。

あの帽子は頭巾(ときん)といって、つぶすためのものではなく、炎天下の修行のなか直射日光から頭を守るものだそうです。それにしては直径が短いので、やはり剣道の達人を惑わすものかもしれないという思いがぬぐいきれません。

燃えたい人々と消防車

会場に突入した我々は、あまりの人の多さにギョッとすることとなります。ざっと三千人。

登山ルックのいでたちが光る集団から、ヤマンバルックのギャル二人組もいます。たしかギャルはおそろいの着ぐるみのようなものを着ていました。山だけにヤマンバ、もしかすると素人にはわかりにくいギャグを全身でもってカマしていたのかもしれません。
当日は気付かずに申しわけなかったです。

なかでも外国人の方々が多いのが目立ちました。
なるほど、最初に立ち寄ったコンビニでは、私たち以外のお客さんが外人ばかりだったのもうなずけます。入店直後、もしや海外へワープでもしたのかと、一同顔を見合わせたほどでした。

メラメラを待ちかまえる三千人


「参加人数に限りがある」
と聞きつけた私たちは、足早に参加者の並ぶ最後尾をめざします。かるく登山をしている気分が味わえるほど長蛇の列。 その先には消防車が一台、数人の隊員とともにデーンと待ちかまえていました。我々もまた気合いを入れて身がまえながら列に並びます。

山伏の方々が、30人、いや50人くらいでしょうか、なにやら呪文のようなお経のようなものを唱えながら入場していらっしゃいました。何と言っているのかと躍起になりましたが、とても解読不可能です。

ただ、デタラメなことを唱えていらっしゃる山伏さんが一人くらいいたってわからないな、それだけは確信しました。

消防車の存在は心強くもあり心配でもあり

煙が舞ったかと思うと……
あっという間に炎上

点火!(花粉症に苦しむみなさまへ……)

様々な儀式をひととおり終えて、大量に積み重ねられた枝の山に点火する時がやってきました。
この枝には、山伏の方々がまるで恨みを晴らすかのように弓を放ったり、矢のようなものでなんども突き刺したりしていました。

聞けばこれはみな杉の枝だそうです。
いくら修行の身とはいえ山伏たちも人の子、花粉症にだってなるでしょう。この季節、苦しめられている人々への配慮かもしれませんが真相は不明です。ちがいます。

あっという間に火は上空へ広がりました。
当日は冬将軍の到来で、ひじょうに寒かったのでありがたかったのですが、その燃えっぷりに思わず

「なにをしているんだ職務はどうした!」

と消防車をふり返ったほどです。
炎と煙が生きているかのごとくボウボウとうねっています。

実は、かつて法師丸さんが巻き込まれた火渡り修行を拝見してからこのレポートに挑んだわけですが、いささか不安になってきました。だいじょうぶでしょうか、見た目より軟弱です、自分。


私たちは長い列に並んでいたため山の中腹にいましたが、撮影していたビデオカメラが熱で溶けてしまうのではないかと心配でなりません。そのわりには、カメラに録音されていた私の声は

「わーすごいーすごいー熱いよこれ、すごいー」

と、言葉を覚えたての赤子のように連呼をしていてバカみたい……。
心配するべきはカメラではなく私の方でした。おそらく熱にやられていたのでしょう……。


今にも襲いかかってきそうな炎と煙


山火事を起こすのではないかと懸念されて(脳内で)いた炎ですが、こちらもあっというまに下火になってきました。
燃えあとをはじに寄せ、火渡り修行のための通路が山伏の手により、手ぎわよく作られていきます。

信じられないことに、ここで逃げだす臆病者はひとりもいません。それどころか、まだまだ先と思われるのにすでに裸足ではりきっている外国人グループ。みなさんも、熱にやられていたのでしょう。

山伏の方々が二列に並び、荒行のクライマックスが行われます。
ドッシドシと踏みしめるように火の上を歩く姿はヤケクソぎみにも見えますが、秩父の山々をバックに実に壮観で、歓声があがりました。

諸外国の方々に、

「どーだ日本ってかっこいいだろう」

と自慢ヅラするのもつかの間、いよいよ私たちの出番です。

勇ましい山伏たちの荒行に拍手と歓声が

いざ、火の道へ……

ナニゴトもはじめての体験というものは胸が高鳴るものです。

巨大な盛り塩をグイッと踏みしめ、いかにも修行を積みあげてきたお顔立ちの山伏の方に、「えいっ!」と背中から気合いを入れていただくと、炎の上だろうが水の中だろうがガンガン歩ける気になるのがふしぎです。
水ぶくれも流血も、うちのオカンも、もうなにも怖いものはありません。

しかしながら、我々下界人が歩くのは燃えカスの上でした。無念の気持ちが伝わったのか、一歩を踏みだした私は制止され、端に寄せていた火のくすぶった枝を、山伏の方がほうきで掃きながら中央によせはじめました。

「うあああああーーーーだめだめだめえーー熱いから!それ熱いからっ!」

心の叫びは伝わらないようです。
しかたありません、よほど高尚な人物だと勘ちがいでもされたのでしょうか。


なにかを思い出しませんか?
そう、不死身のターミネーター


ゆっくりと、10mほど歩いたでしょうか。正直、まったくもって熱くはありません。
どっちにしても、『オーバーアクションでものすごーく熱がるリアクションをして、後の人々をビビらせてやろう』と思っていた私のたくらみさえすっかり忘れていました。

これだ。

『心頭を滅却すれば火もまた涼し』

知らぬまに、私はまさにこの言葉を実践し、実行し、体感していたのでした。

なにかを悟ったような気がしましたがそれがなにかは今となっては思い出せません。そのまま高尾の天狗に導かれるように、ヘトヘトになりながら山の頂上まで登ったような気がしますがそれさえも記憶があいまいで、その後三日間、筋肉痛に苦しんだことだけが確かな事実となってのこりました。

 


修行中はカメラも帽子もマフラーも厳禁。
毎年通っている、火渡りの達人である中年女性に教えていただきました。だから、というわけではありませんが、いつもにもましてよい写真が撮れなかったことをお詫びします。

そのかわりと言ってはなんですが、私事ながら少々めずらしいかもと思われる写真が撮れましたのでご紹介します。

木の根っこ内部で横になり撮った写真と、高尾山は薬王院、縁結びの神さまに良縁を祈願している男女の写真です。  
わざとらしい寝顔はこのさいムシしてください

「元夫婦で祈願中」はちょっと珍品ではないかと

元ダンナの合掌が忍ポーズでナメています。彼は一生良縁には恵まれないでしょう。
私は念が強いばかりに、ヨガでいうところの胸筋をアップするポーズになってしまいました。この気合いがどうか神さまに伝わりますように……。できれば胸筋もあっぷしますように……。


 

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