「いぶりがっこ」ってご存知ですか。
「がっこ」は秋田弁で漬け物のことで、それを燻したものが「いぶりがっこ」になる。いわば漬け物の燻製だ。
ここまでなら、多くの人が「ああ、たまに飲み屋にあるアレね」と反応してくれると思うのだが、秋田にはそれを丼で出す店があるという。
…漬け物が丼に? 秋田出身の私でさえ「それってどうなの」と思ったこのドンブリ、帰省ついでに食べてきました。
(高瀬 克子)
普通に売ってます
大根漬けを作る際の天日干しは大事な工程のひとつだが、冬の秋田は日照時間が短いため、囲炉裏のある室内で大根を干したのが、いぶりがっこの始まりと言われている。確かに、頭で考えてなかなか作れる物じゃない。
そのいぶりがっこ、秋田では普通に売られている。漬け物なのに香ばしくパリパリとした食感で、とてもおいしい。
実家に帰り、親に「いぶりがっこ丼って知ってる?」と聞いてみたのだが、返ってきた答えは「なにそれ」だった。…やっぱり。
ネットで調べた情報によると、その店は角館にあるという。好奇心を丸出しにして、さっそく行ってみた。
角館は「みちのくの小京都」と呼ばれている古い町だ。江戸時代そのままの武家屋敷がズラリと並ぶ通りを、観光客と一緒になってぞろぞろと歩く。
角館には何度も来ているが、何度来てもいい街だ。特に、黒い板塀が延々と続く古い家並みを歩いていると、まるで自分が武家の娘にでもなったような、何とも言えないイイ気分になる。
…いかん。今回の目的は「いぶりがっこ丼」だった。歩きながら脳内で藤沢周平ごっこをやってる場合ではない。
いぶりがっこ丼を出しているのは「食堂いなほ」という店だった。母に聞くと「いぶりがっこ丼は知らないが、その店なら知ってる」とのこと。どうやら有名な店らしい。
ちょうど昼時なこともあり店は混雑していたが、母と2人でなんとか座ることができた。さっそく「がっこ懐石」を注文して、店内のテレビで高校野球を見ながら料理を待つ。
いろんな種類の漬け物が、少量ずつ、ちんまりと器に入っている。白いご飯が食べたくなるかと思ったが、どれも思ったよりしょっぱくなく、バリバリと食べられる。ああ、日本酒が飲みたい。
いや、これは思ってた以上においしいですよ。肉っ気がゼロなのに噛み応えがあるし、燻製の香ばしさが残っていて、ヘルシーなのに非常に満足度の高い丼になっている。
稲庭うどんを食べていた母が「それ、おいしいの?」と何度も聞いてくるので「うん。食べる?」と勧めてみるのだが、頑として首を縦に振らないのが面白かった。相当怪しげな食べ物に見えたらしい。…おいしいのになぁ。
たくわん丼のススメ
いぶりがっこ丼が思った以上においしかったので自分でも作ろうと思ったのだが、いぶりがっこを秋田以外で入手するのは難しい。ならば普通のたくあんでも作れるのではないか? と思い、実際に作ってみることにした。
焼いた漬け物がおいしいことは、すでに実証済みだ。ならば煮た漬け物だって、きっとおいしいはずだ。なんたって、いぶりがっこ丼がおいしかったのだ。これはイケルに違いない。
たくわんと卵とごはんを一度に口に入れる。…うまい! これはうまいですよ! 甘めのダシと塩気のわずかに残ったたくわんが、卵でトロッとまとめられていて、ああ、これはうまい。
ところでこの丼、名前を付けるとしたら何がいいだろう。「たくわん丼」ではそのまんまだし、「がっこ丼」は秋田以外の人に説明するのが面倒だし、うーん…。何かいい名前を思いついた方はご一報いただければ嬉しいです。
漬け物の可能性
先日、ご主人が秋田出身という飲み屋で「いぶりがっこのクリームチーズ和え」なるメニューがあったので食べてみたのだが、これも非常においしかった。どちらかというと、日本酒よりワインが飲みたくなる不思議な味だった。
いぶりがっこに限らず、漬け物というのはもしかして、物凄い可能性を秘めた食べ物なのではないか。…そんなことを考えた、夏の終わりでした。