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コネタ


コネタ831
 
もみじの痛手
観賞してるばあいじゃないよ、息子よ

「もみじと言えば?」と問われたら、日本国民の多くは「きれい・赤い」と言うだろう。
しかし世の中には、そんなロマンチストばかりではない。
色んな人がいることを忘れてはいけない。

花札好きなら「鹿」と答えるはずだ。
広島出身なら「まんじゅう!」を思い浮かべる。
グルメなアナタなら瞬時に「あの辛みがなんともいえない」(もみじおろし)とうんちくを垂れるかもしれない。

そして私なら、

「痛い!」

と答える。

私の同級生のほとんどは、きっと、そう答えるだろう。

(text by 土屋 遊

まずは「もみじ」を予習しよう

小学校の身体測定。
今では様々な諸事情により、体操着や下着を着用するのだろうが、私の時代はちがった。

上半身素っ裸である。
みんな素っ裸で、身長や体重をはかるのを順番に待ちかまえていた。

大人にでもなれば素っ裸といえばやることはたいてい決まっているが、小学生、とくに私の頭の中は「もみじ」しかなかった。

順番を待つ友だちの背中に

「もみじっ!」

と言いながら一発バシッと張り手をキメる瞬間。
真っ赤な手の跡をキレイに残したときには、ドえらい事を成し遂げた達成感があった。

自分がやられないように、背後に細心の注意を払いつつキメる「もみじ」は熟練したワザと勘が必要とされる。
反復横跳び校内一の私に勝てる女子はそう多くはなく、保健室の中で私はクラスイチ迷惑な女子の勲章を得てはよろこんでいたように思う。

いつもは、なよっとした女子も、男子禁制の中では本領を発揮できるのだろう、こちらが気後れするくらいに復讐に燃えるサマはなかなか見応えもある。鼻の穴をふくらましながら見たこともない形相でおそいかかってきた時は、本気で命の危険を感じたものだ。

あの現場を早熟な男子が覗き見をしたとしたら、確実に女性不信に陥ったことだろう。

そんなわけで、身体測定の直後はみんな高揚して、顔も真っ赤だったが背中も真っ赤だった。
夏だろうが真冬だろうが、素っ裸といえども、ちっとも寒くはなかったのである。

のんきにテレビ鑑賞。今に見てろよ
はじめてのお弁当

母と息子の対決

ここ2日間、私は息子の食事を作らなかった。
詳細は省くが、息子のオンにまんまと騙されたことに腹を立てた私は『料理ボイコット』を実行中だったのである。

1日目・夕飯
敵自家製おにぎりを3つ食べながら、テレビを見つつ大爆笑していた。(ムカついたので栄養失調になるまでボイコットを続行する決意を固めた)

2日目・朝食
母の作戦が見事に失敗し、逆にハメられた。寝坊して会社の人にモーニングコールにて起こされる。敵はすでに登校していた。(朝食を食べなかったせいで、朝礼でぶっ倒れる屈辱を味わいますように……と念を送った)

そして決戦の夜
敵はカップラーメンを食べていた。翌日はお弁当持参のようで、自家製おにぎりを作りパックに詰めていた。

死なないていどにボイコットを続行する予定だったが、おにぎりの並んだパックを見た瞬間、私はいともカンタンに白旗をあげた。
ひとつひとつていねいにラップで包まれた丸いおにぎり。
「作って」
と言えなかった息子の意地ではなく、あきらめのカタマリがまあるくそこにあったのだ。

 

母の愛、母のプライド

どうすっ転んでも完全敗北である。

しかしこのまままんまと負けを認めるのはなんとも悔しい。悔しすぎる。
母の愛が私を敗北へと導いたが、母にだってプライドはある。
けれどもこのままボイコットを続けることなど私にはもう不可能だ。

そこで思いついたのが「もみじ交渉」だった。

ご飯を作ることと引き換えに、背中を思い切り叩かせてはみてはどうか?

それはたしかに痛いかもしれない。しれないが、キミが母にしたことをちょっと考えてみるといい。母が受けた傷、この胸の痛みに比べれば、一瞬の激痛など鼻クソのようなものではないか、そりゃ10分くらいはクッキリと手の跡がつくかもしれない、それでも風呂にでも入ればすぐに消えてしまうだろう。万が一残ったとしても明日になればまちがいなく消えてしまう。それでも消えない時はまあそのうち消える。それに引きかえどうだ、母の受けた深い傷は、時おり思い出しては、またキミが母を騙くらかしているのではないかとそのたびに古傷を痛めなくてはならない。10分の「もみじ」のような手の跡なんて、母の痛手と比べてみたまえ、雲泥の差だ。雲泥の差ってわかるか、私はよくわからないがようするに月とスッポンだ、どうだ。しかもアントニオ猪木先生のピンタ一発が10万円だというのに、おどろくことに母の張り手は今だけ無料でご奉仕だ、どうだ、これを逃すテがあると思うか。思ったらバカだ。

と用意していた誘い文句を言う間もなく、息子はうれしそうに

「いいよ、べつに」

と言った。

正直に言おう、私は「もみじ」の腕はプロ級である。一発でキめる自信がある。 俊敏な動きもさることながら、ハッキリくっきりビタッと手の跡を残すコツもつかんでいる。 手のひら全体に均等にパワーを込める上級技は、一度や二度レッスンしたくらいで身に付くものでは決してないのである。

息子の決心が揺らぐ前に、さっさと「もみじ作成」に取りかかることにした。

「いっくよー」
「いーよー」
「いくよー」
「いーよー」
「痛いかもしれないけど、一瞬だからね、多分インフルエンザの予防接種よりかは痛くないからね」
「いいから早くしてよー」
「わ、わかった。いくよーいくからねー」


絵に描いたような「もみじ」。このようなレベルのもみじは小学校以来だ。

 

もみじ合戦

「思ったより痛くねーな」
息子はそう言い放った。

思ったより、私の手は痛かった。

みるみるうちに赤いもみじが浮き上がる息子の背中。
身長はそろそろ私を追い越すというのに、因数分解の計算は私より早く出来るというのに、保健体育の授業もソツなくこなしているであろう我が息子、それなのに、この細い背骨の「か弱さ」はなんだ。
小学校の時のそれとなんら変わらない、子どものままの小さな背中じゃないか。
私はこの、大切な、小さな背中にはじめて張り手をカマしたというのか。

私を騙したくらいがなんだ、私はそんな器のちっさい女だったのか、私がこの子くらいの時には、オカンにウソを言わないことなどただの一日だってなかったではないか。むしろ本当のことを言う時のほうがめずらしかったではないか。

あまりにも芸術的なもみじを観賞して、私の思考回路はおかしくなってしまったのだろう、モーレツな罪悪感に苛まれてしまった。

「私の背中も叩いてよ。グーじゃないよ、パーだよ」

息子は拒否したが、このままではもう私の気がおさまらない。どうしても背中を叩いてもらわないことには、明日のご飯さえ作ることはできない。

少し手加減をしようかという息子の申し入れをていねいに断り、

「全力で叩いてー、でもちょっとだけ手加減して、でもやっぱりめいっぱい叩くんだけどちょっと弱く……」

などとわけのわからないことを口走っていた。

私が息子にはじめて手を上げた日は、息子が母にはじめて手を上げたその日になった。


宇宙人並みに長い手です。

 

錯乱した母の行動と結果

痛いか痛くないかと言われれば、痛かった。
しかし、やはり若輩者だけあって、きれいなもみじを作ることはできなかった。ザマーミロ。

完璧主義者の私は、も一回、と、もみじ作成を頼んだ。二度三度の張り手を受けるうちに、妙に気分がスッキリしてくる。
濃厚な脱毛テープでワキ毛を引っぱがした時と同じような痛みと爽快感、あれだ、あれに似ていた。

息子がテレビで物まねを見ながら大笑いをしている横で、いわゆる「病みつき」という現象だろうか、中坊ド素人の叩きでは満足できずに、私は自分の腹や太モモをバチンバチン叩いて「自分もみじ」を作ることに躍起になっていた。

 


もみじ張り手でジャンケンをしたらどうか

母はけっきょく、ものの見事に負けたのだ。

息子はこうして、親を踏み台にして、勝手に大きくなってけばいいと思う。

その日、オンの寝顔を見ていたら、もしかして私はまんまとハメられたのではないのかという疑念がわいてきました。

くやしいけれど、私はもう二度とオンの背中に「もみじ」を残すことはしないと思います。
仕方ないので彼の寝顔をこっそり撮って、フォトショップでいじることでうさ晴らしをしました。

母の愛がつまっています

 

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