ユキヒョウ脱走開始!
1時半。訓練開始時間が来て、ユキヒョウが物陰から、ひょこっと歩き出した。 「ガオー」はやってくれなかった。演出は無視したのだろう。
ユキヒョウはヨテヨテ、ポテポテ歩いていく。先輩女性職員らしき人が、時計と資料を持って、タイムキーパーとして彼女に付いていく。
ユキヒョウの歩きをカメラにおさめようと、報道陣がいっせいに動く。何台ものテレビカメラが着ぐるみを囲んで歩く。異様な光景。 「あの動きは、いかんな……もっとキャッチーに動いてくれないと……」 あるカメラマンが、勝手にダメ出しをしていた。
「サクライさんっ、あと3分でマレーグマのほうに行ってくださいっ」 タイムキーパーの女性が無線でユキヒョウに指示を出す。
「きたよーーー!」 ギャラリーの幼稚園生団体の1人が叫んだ。 しかし、着ぐるみは訓練中なので、子供に愛想をふりまいたりしない。 愛想のないユキヒョウに子供たちは無言になり、ただポケーっと通り過ぎるのを見ていた。
「ブッ………捜索隊から捕獲隊へ、捜索隊から捕獲隊へ……ブッ」 ヘルメットをかぶった東京消防庁の隊員が、トランシーバーで交信を続けていた。言葉遣いは危機感たっぷりだが、どうにもこうにも、空気がゆるい。
隊員たちによって網があちこちにはられ、ユキヒョウが追いこまれていく。
「……草食動物は追い込んで捕まえるんですが肉食はああやって………麻酔銃は屋外の発射は許可がいるんですが、こういう場合は警察も来てますので………ええ。麻酔銃は常備していますね………」 ドイツテレビが年配の男性職員に話を聞いていた。 ちゃんと訓練の内容を取材してるのはドイツテレビくらいで、他のテレビクルーは、着ぐるみのオモシロ画像を撮ることに集中していた。