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土曜ワイド工場
 
流動食で生きる

流動食は大変便利だ。
食事をする時間がゆっくり取れない忙しい人でも必要な栄養をパパッと摂取できる。今やこの手の商品はコンビニにもたくさん並んでいる。

しかしコンビニに並んでいるのは「補助的な食糧」という感じが強い。メインは別にしっかり食べて、忙しい時だけ補助的に使う。

一方、病気等の理由で普通の食事ができなくなった人の為の本格的な流動食がある。

今回特殊な事情により、それを入手するに至った。単なる好奇心ではなく、深く思索しながらこれを飲んでみた。

(Text by T・斎藤

医療で使われる流動食


印象に残っている映画

故・伊丹十三監督の映画で「大病人」という作品がある。
三國連太郎扮する主人公のガン発覚から亡くなるまでを描いた物語で、私はこれに強い感銘を受けた。
こんなシーンがある。
寝たきりの患者がベッドにいる。彼は痰がつまって息ができなくなるという理由で喉に穴を空けられ、そこから定期的に痰を取られている。
喉に穴が空いているので喋ることもできないし、食べ物を食べることもできない。末期癌でこの先良くなる見込みもないのに、食べる楽しみも無ければ苦しみを訴えることもできない、という大変恐ろしい場面だった。
自分がその立場になったら…、と考えると寒気がした。

映画では、もう助かる見込みが無いとわかった時には無駄な延命治療は止め、良い臨終の時を迎えられるよう準備をしようと言っていた。私もそれがいいと思った。

観終わってから
「うちは無駄な延命治療はしないことにしよう!」
と親などに宣言した(と思う)。
少なくとも観た直後くらいは。

ところが・・・。

祖母の死

祖母が老衰により、ある時期から寝たきりになった。
90歳を過ぎていたので、そろそろ亡くなっても誰も不思議に思わない状況だったが、現代の医療技術はすんなりとは死なせてくれなかった。

食べ物が食べられなくなり、胃に直接チューブを入れて栄養剤が投与されるようになった。既に意識もほとんどなく、喋ることもなかったという。

遠方に住んでいる私は電話でこの状況を聞き、まさに映画で見たパターンと同じではないか、と思った。
が、いざ身内がそうなってみると、
「もういいからチューブを抜こう。」
とは絶対に言えない。
ただ流れに身を任せるしかない感じだった。
もっとも、私は直接介護をしてなかったので、立場上そんな余計な口は挟めなかったというのもあるが…。

祖母がなくなったのは、それから1年半後だった。



祖母の家の横にある神社
伯父さんが昔住んでいた家

線香をあげに

事情により葬式には出られなかったが、後日線香をあげに、東京は小岩にある伯父さんの家に向かった。

仏壇に線香をあげ、よもやま話をしていると、
おじさんが
「そう言えばこんなもんがあるんだけど。」
と言って黄色い箱を出してきた。

「お婆ちゃんの胃に入れてた流動食。たくさん余ってるから話のネタに持ってかない?」

え…?
この業界では一度患者に出したモノ(薬、流動食)を回収しないことになってるらしい。
じゃ、大量に余った流動食はどうしたらいいかと聞いてみたところ、
「栄養たっぷりだから飲んでください。」
と言われたそうな。

「たしかにコレ飲むと肌がツルツルになるのよ。」
と、伯母さんも。

「ただ、いっぱいあってねぇ…。」

ということで、3つほど戴いて帰った。
亡くなった祖母や、その他流動食生活を送っている方がどういった気持ちで飲んでいるのか、私もこれを飲んで考えてみたいと思った。

幼少の頃、祖母の家に遊びに行くといつもこの土手を登って駄菓子屋へと向かった。
その駄菓子屋、まだあった!

土手の隣は江戸川


 

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