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特集


フェティッシュの火曜日
 
わたらせ渓谷をお座敷列車が走る

11時10分・大間々駅出発

列車なのに畳。これだけで人は非日常の彼方へ飛んでしまうようだ。家の和室とこことは同じ「畳の上」であるはずなのに、それが「移動する」となった途端にファンタジー。子供らもはしゃぐはしゃぐ。

「本来ありうべからざる状況でくつろぐ」 という事態が発生するだけで、こうもおもしろおかしくなってしまう。河原でバーベキューするのだって、大まかに言えばこれと似たような装置だ。

少し前の特集「布団で睡眠エブリウェア」を思い出す。小野法師丸さんはこれと似たような違和感・高揚感だっただろうか。いや、どうでしょう。お布団の話を持ってきたら混乱してしまったので、次に進む。


車幅のせいで、宴席の幅もきっちり決まってしまう。奥行はたっぷりだ。
自分と、同行した母は一番先頭の席だった。カラオケモニターが見下ろす。
障子の向こうは、端っこのツマミを左右同時に押さえて引き上げる、例の窓。
座椅子に掘りごたつ。今見れば何の変哲もないが、バシバシ写真を撮っていた。

席に落ち着いたころ、「ピョホーッ・・・」 と汽笛一声、列車が走り出した。

嗚呼、宴席の窓の風景が、加速をつけて、しかしゆっくりと流れていく。「畳部屋が動く」 ということへの違和感は最初だけで、あとはもう渡良瀬川に沿って登っていく風景を夢中で眺める。


列車は渓谷のすぐそばを走る。
窓際にがぶり寄り・かぶりつき。

そういえば、私たちの乗っている車両は最前列。ということは、ドア1枚隔てた向こうは、例のスーパーパノラマウィンドウが広がっているのではないか。

いそいそと、最前部のサロンにお邪魔してみたら・・・


ディーゼルーーーーー。ディーゼル車がこっちを見ていたよ。

そうだった。ディーゼルで牽引しているのだった。でもこんな光景、めったに見られない。前に座る子供が風景よりもディーゼル車を見つめているが、その気持ちわかる。

大きいものを真正面から見るのは、ちょっとの怖さも混じって、その分余計にぐっとくる。飛行機の正面顔しかり。送電線しかり。道路の長いトンネルの天井からぶら下がってこっちを見つめている、3連のファンしかり(わかりますか?)。

大きいものに心を奪われている場合ではありません。早くも次のアナウンスが。「2両目では、沿線の名産品や農産物の、試食会と即売会をやっております・・・」 特にご試食は早いもの勝ちのもありますとのこと。踵を返して、2両目に母と突入だ!


畳文化祭のような雰囲気。
鮎焼いたのを和服のお姉さんが売ってたり・・・
鹿肉の缶詰、イノブタのハム。
まいたけ、卵。卵は50個単位で売ってた・・・。
沿線の神戸(ごうど、と読む)出身の詩人・画家、星野富広さんの美術館もまた、沿線にある。
わたけい鉄道グッズ。上毛電鉄・東武鉄道のグッズまであった。

しばらく見ていると、狭い車内は冷やかしの人でいっぱいになり、身動きがとれなくなった。たまに列車がゆれると、皆いっせいに「おっとっと」とバランスをとる、そこが普通の市(いち)と違うところだ。

母はどこだ、と見回すと、そこここでパカスカ物を買ってゆく。大根の浅漬けを味見しては親戚の分まで買い、父の好きな店の爆弾ドーナツを久々に見つけて喜んでは買うのだった。前日にいきなり誘い、「私は昔から わたけい にはよく乗ってたんだけどねぇ」とか言いながらついてきたわりには、すごいフィーバーぶりだ。

客車に戻りしばらくすると、ピンク色の背広を来たおじさんがやってきた。沿線とはちょっと離れた町の演歌歌手の方だ。朴訥なトークのあと、CDの営業にと、3曲歌っていかれた。

「いいん〜だぁよ〜♪」 コブシが車内に響き渡る。

テレビモニタ前で立っているピンクの背広が歌手の方。CD1枚1200円のところ、今日は1000円にて販売。
連結部を靴下で移動。挟まれないように気をつける。

実は自分も、思わず地元の上毛電鉄の車掌バッジを買ってしまった。どうしたんだろう。なぜこれなんだろう。と、席に戻ると母も地元の駅の改装記念切符なぞ買っていた。列車内の買い物は人を意外に狂わせる。

 

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