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特集


ちしきの金曜日
 
「給水塔」を鑑賞する
たとえば、こんなやつ。

夏まっ盛り。何かと水の恋しい季節だ。

30過ぎて急に汗をかくようになったので、一日何回もシャワーを浴びている。そんなときときどき思うのだ。蛇口をひねれば当たり前のように水が出てくるとはなんとすばらしいことか。まあ、ほんとにときどきだけど。

なんだかじじいの繰り言のようで申し訳ない。何の話だっけ。

ああ、そうだ。で、ぼくはマンションの4階に住んでいるのだが、そういう住宅環境においてはこの「当たり前のように水が出てくるすばらしさ」には2つの意味がある。ひとつはよく言われる「水が豊富にある」という意味で、もうひとつは「こんな高い位置まで水がちゃんとやってくる」という意味だ。

水道管は地中を走っているのだから、1階だろうが10階だろうが水がそこから持ち上げられて蛇口から勢いよく出てくる不思議さは変わらないのだが、それでも団地やマンションなど何階建てかの集合住宅のように目に見えて高い建築の蛇口から水がほとばしるのにはちょっとした感動がある。ないか、ふつう。

まあ、でもそういう感動とかはおいておいて、今回はこの高い位置まで水を運ぶための巨大な装置、「給水塔」の造形を愛でてみようと思う。

(text by 大山 顕

ご存じの方もいらっしゃると思うが、ぼくは団地鑑賞界で少しは名の知られた人間で、これまで多くの団地をめぐってきた。そこでよく目にするのがこの給水塔だ。ていうか「団地鑑賞界」ってなんだ。

とくに大規模な集合住宅計画においては、この給水塔の造形のデザインは景観上重要視されていた。単にその機能だけでなく、単調になりがちな住棟の配置計画のなかでちょっとしたアクセントとしても利用されてきたのだ。

 

団地と給水塔。団地のデザインと給水塔のそれが実によくマッチしている。


建物の最上階より高い位置にいったん水を貯め、そこから蛇口がひねられるたびにオン・ディマンドで水を落とす。21世紀になって久しいのに一見アホみたいなやりかただが、この重力エネルギーを利用するやり方が実は一番効率よくエレガントなのだ。

エレガント、つまりその単純な構造故に、デザイン上の自由度が大きく、給水塔は実に自由奔放にデザインされてきた。したがっておのずと給水塔マニアは多い。

出だしになにを長々と書いているのかというと、サイト上にも多く見られる優れた給水塔マニアの方々を前に少し恐縮しているのだ。ぼくは。たかだか数日給水塔を取材してかじったところで、彼らの充実した給水塔情報にかなうわけもない。ぼくだってぽっと出のライターがしたり顔で団地について語り出したらむかつく。うそ。ぜんぜんむかつきません。

しかし、ぼくには田崎真也を前にしても臆することなく「あたしの血はワインで出来ているの」って言ってのける川島なお美の肝っ玉はない。せめて写真をきれいにとってオシャレにお届けしようと思います。よろしくお願いします。

 



■ソリッドタイプ

もっとも基本的なソリッドタイプ。かっこいい。

いちおう恐縮はすませたので、いつものように独断的かつ恣意的に造形をタイプ分けしていこうと思う。まずは団地内の給水塔によく見られるタイプの一つ、直方体をモティーフとした造形のものだ。

左はそのなかでももっとも基本的なもの。その虚飾を排したストイックなたたずまいに身が引きしまる。

同じような箱形の団地造形の中におかれると、もうすこし意外性が欲しい気がしないでもないが、時代に媚びないオールウェイズベターなオトナの味わい。ベテラン給水塔マニアは最終的にここへ還ってくるという。たぶん。

すまん。恐縮したはずが早くも適当なことを言ってしまった。


本体はあくまでシンプルなままに、ちょっとしたアレンジを加えてみました。

ソリッドでありつつ独自の境地を切り開いた例もある。左は本体はよりシンプルなたたずまいを追求する一方、四辺にデザイン学科1年生の手によるような装飾をプラス。淡い若草色のエッジが高みから下る水流の勢いを表現。たぶん。きっと。

ソリッドタイプでよけいな手を加えてしまったのもには、正直デザイン上の観点からはどうかと思うものが多いが、そのやっちまった感も給水塔の魅力の一つ。デザイン的にどうのといった世俗的な狭量さを超えて、より高い見地から無心に給水塔を見ていきたい。

お子さまに心の広さを養わせたい親御さんに、給水塔知育をどうぞ。

 

ソリッドでありつつちょっとこじゃれたサーフェイス。いろいろ言ったけどやっぱりこれはあんまり好きじゃない。

 

斜めに切り欠いた上部の造形。ツートンカラーの色遣いとあいまって団地の給水塔らしさを豊かに表現。電波塔も兼ねている点に注目したい。

 

多角形な展開。外壁面デザインも多角形を意識させる意匠に仕上がっている。


直方体から少し複雑な形へと展開する例もある。上はソリッド感はそのままにより意欲的な断面に挑戦した例。子どもの時こういう鉛筆使ってた。

なんでもガンダムに例えるのはやめたいと思うが、それでもやはりホワイトベースなテイストを感じる。

左はさらに高度なデザイン処理がなされている例。のっぺりした面とやや複雑な採光部のディテールのバランス感覚や色合いなど、個人的にはかなりお気に入りだ。

この物件もそうだが、給水塔が公園のなかに立っている例が時折見られる。左写真にあるように本体周囲にはフェンスがめぐらされ、給水塔を肌で楽しむことは難しいが、それでも日常的な遊び場に給水塔がいつもあった、という環境ですくすくと育った子どもたちがいるのだ。うらやましい。さぞかし大物に育っているに違いないと思う。

若きベンチャー社長と給水塔育ちの間に相関でもありはしないか。今後の研究が待たれる。

 

シーソーから見上げれば、そこに、給水塔。情操教育。



 

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