●そこに河童がいないなら、君が河童になればいい
暗いと不平を言うよりも、進んで明かりをともせばいい。河童なんていないとうそぶくよりも、進んで河童になればいい。私がファッションセンターしまむらを訪れたのは、そういうことを思いついたからだった。
そういうわけで、自ら河童になるべく服を探してみた。物色していると、メンズコーナーにちょうど河童グリーンのパーカーを発見。なんか英語が書いてあったりするが、試しに着用してみると、「言われてみれば」くらいの河童感は出てきた。
こんな素敵なカッパーカー(今命名)が、お手頃970円。普段買ったり着たりすることのないデザインや色だが、気軽に自分を河童化するのにはちょうどいい。
公園にいたような愛されカッパはもう飽きた。よし、これを着て街に繰り出そう。いや、河童なのだから、街ではなくて川だろうか。
そういうわけで河原にやってきた。きれいに護岸整備された川よりも、河童がいそうな雰囲気を重視して雑然とした趣きのある川をチョイス。
家にあったモスグリーンのズボンと合わせ、カッパーカーを着て立ってみる。この状態では、まだ年齢不詳のおっさん止まりだろう。練習の成果をご覧いただきたい。
フードをかぶり、なんとなくポージング。さらに遠い目をして口を尖らせる。じんわりとではあるが、河童度がにじんできていると言えるのではないだろうか。
今回は、あからさまな河童コスプレをするというのではなく、あくまで通常の服装の範囲内で河童度を高めたいというコンセプトで臨んでみた。人間が自然に河童化する可能性を検証してみたいのだ。
とは言え、この状態ではまだ人間の要素が強すぎる。かと言って、皿や甲羅を安易に導入したくはない。
そこで導入したのが、距離を置くという手法だ。冬枯れの河原に、謎の緑色がよく映える。しかもなんか動いてる。
人の気配のない河原に、緑色の生き物がいる。これは河童しかないだろう、という算段だ。
対岸からちらっと見るくらいだったら、「河童だ!」と思われる雰囲気は出せただろうか。河童伝説を生むべく、15分ほどうろうろしてみた。近所の小学校で「河童いたんだよ!」という話が広まれば、このプロジェクトは成功だ。
テレビが来るくらいにまでなったら、「すいません僕でした」と、近所の河童おじさんとして名乗り出たい。
おなじみの看板の前でも記念写真を撮影。こうしてずっとこの看板の前で立っていたら、この川では子供たちの水の事故は防げるんじゃないかと思う。
緑の服を着て水辺にいると、河童っぽく見える。今回の試みでわかったことは、そういうことだと思う。日本各地に伝わる河童伝説も、意外と見間違いが発端だったりするかもしれない。
個人的にキュウリも好きだし、自分の河童としての素地を発見した気もしました。