デイリーポータルZロゴ
このサイトについて
イッツコムロゴ


土曜ワイド工場
 
どこからどこまで汐留か
100%汐留

大都会トーキョーで今尚、再開発の進むイケてる地域、汐留。

大江戸線やゆりかもめの駅もとっくにできているが、じつは汐留の住所は未だ「東新橋」である。新橋と汐留じゃ、えらい違いだが、もしかして「汐留」って言ったもん勝ちなんじゃないだろうか。大変だ。見極めに行ってきた。

田村 美葉

40年ぶりの「汐留」リバイバル

汐留貨物駅の跡地再開発によって「汐留シオサイト」が誕生したのはちょうど私が上京したのと同じ2003年。

そう思うと、つい最近のようなもうずっと前のような、ひとり感慨深い気持ちになるが、その名前のルーツははるかに昔。江戸初期に埋め立てられた当初からここは「汐留」という名前であったのだ。しかしここは同時に、日本初の鉄道駅「新橋駅」が開業した地でもある。

そしていまの住所も東新橋。なんだか新橋になったり汐留になったり、いろいろと大変なので年表にまとめてみる。

慶長8年(1603年) 埋め立て開発開始。「汐留」と名前がつく
明治元年(1868年) 「汐留町」となる
明治5年(1872年) 汐留町に旧「新橋駅」ができる
大正3年(1914年)  「東京駅」の開設に伴い、旧「新橋駅」廃止。
新たに「汐留貨物駅」として開業
昭和7年(1923年) 関東大震災復興の町名整理で「芝区汐留」に名前を変更
昭和22年(1947年) 「港区芝汐留」に名前を変更
昭和40年(1965年) 「港区東新橋」に名前を変更、「汐留」の名が消える
昭和61年(1986年) 「汐留貨物駅」廃止
平成7年(1995年) 再開発着手
平成14年(2002年) 再開発地域が「汐留シオサイト」という愛称に。
ゆりかもめ汐留駅と大江戸線汐留駅が開業
平成15年(2003年) 電通、日本テレビなど移転。カレッタ汐留開業

リバイバル後の汐留しか知らない私からすると非常に興味深い汐留の歴史。いろいろと再開発にあたっては賛否両論もあったろう。今回はきわめて個人的な視点でこのリバイバル汐留の「汐留っぽさ」をみていきたいとおもう。まずは「新橋」との違いからだ。  

 

新橋VS汐留

リバイバル汐留には未だ「汐留」という住所がない。特に、道路などで分断されることもなく新橋と直接つながる地下には境目がない。必ず、「新橋を歩いていたら、いつのまにか汐留ゾーンに突入していた」となってしまうのだ。

新橋の雑多でファンシーな地下街を歩いていると
いつのまにか汐留ゾーンに突入。未来都市。
新橋の階段。十中八九ひとが住んでいる。
汐留の階段。広い。明るい。
新橋の地下街案内図。ファンシー。
汐留。洗練されているが若干見づらい。世の中には時としてファンシーも必要だ。

こうみると、左がビフォアで、右がアフターという感じではなかろうか。わずか10分ほどの間に、ビフォアアフターが存在している。不思議だ。

 

地下の境目はここだ!

そんな地下の境目だが、よく観察すると、けっこうくっきりはっきりと境目があることがわかる。注目すべきは、足元、そして頭上である。

100%新橋なこの場所からスタート
都営浅草線新橋駅の入り口。まだまだ新橋テイストだ。
タイルのカラーチェンジは何度かあるが、ここはまだまだ。
境目はここだ。
なぜかというと頭上の照明が殺風景な蛍光灯から電球色へ、劇的に変化するのだ。ここが汐留と新橋の境界線だ!

そして実はわかっていた、「ここまで汐留」

さて、では地上に境目を探しに行こう。
と、盛り上がってきたところであらかじめ白状しておくと、住所がないとは言いつつも、どうやら汐留には開発区と定められたれっきとした区分があるようだ。検索エンジンで調べたら1秒で答えがわかってしまったのだが(汐留シオサイト公式ホームページ http://www.sio-site.or.jp/ 参照)、夏の暑さに負けずに元気に現地で検証してみた。

そうすると、やはり実際に行ってみるもので、各境界線付近でいろいろとおもしろいことが起こっていたので、このあとそれを順番にご紹介したい。

汐留 西の境界線候補 第一京浜を検証する

汐留の西の境界線の候補、それはもう間違いなく、片側4車線のこの立派な第一京浜だろうと思っていたのだが、実際行ってみると、実は真の境界線となっているのは、この1本裏手の細い道である。


より大きな地図で ここまで汐留マップ を表示
青い線が汐留と新橋の境界、ひとつ外側の第一京浜との間に、グレーゾーンがある
第一京浜真上に位置する、ゆりかもめ新橋駅からスタート。
左が汐留、右が新橋のはずだが、特に左右にビフォアアフターは感じられない。
と、振り返ってみると手前が新橋ゾーン、奥の高層ビル群が汐留ゾーンっぽい。
一本奥の道に入ると、たしかに右が汐留色、左が新橋色。
でも新橋側にも汐留を主張するはみだし者がちらほら。新橋のくせに。
そして新橋と
汐留が
隣り合っていたりする

どうやらこの真の境界線通りと第一京浜との間は、「汐留」と名乗れば誰でも汐留になることができる下克上ゾーンのようなのだ。

飛び地の汐留

100%汐留エリアを抜ける

第一京浜を浜松町1丁目交差点まで進むと、住所が浜松町に変わると同時に下克上ゾーンも終わって100%浜松町の実直なオフィス街だ。ここで左に折れると、一転してめくるめく汐留100%エリアが広がっている。

ビルの名前がいきなりイタリア語に。
カタカナだけど意味がぜんぜんわからない文字列が増える。

より大きな地図で ここまで汐留マップ を表示
青い線上に東に折れ、黄色の点がある100%汐留エリアに寄り道
いったいどうしてこうなった、汐留イタリア街である。
つっこみどころがたくさんありすぎるイタリア街だが、私はこの高架下に度肝を抜かれた。なんだこの橋脚は。
そして抜けた先にも待ち受けるイタリア公園。だからなんだその柱は。
イタリアです。
イタリアなんです。
でもじつは、ここから見る景色は好きだ。ゆりかもめと新幹線と高速道路が見える。

つぎへ >
 

 
Ad by DailyPortalZ
 

▲デイリーポータルZトップへ バックナンバーいちらんへ
個人情報保護ポリシー
©its communications Inc. All rights reserved.