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ロマンの木曜日
 
壊れたカメラで撮る、1/90秒写真

「B」に合わせると、シャッターが開きっ放しになる。

それは、シャッター開けっ放しの技

ダイヤルを「M90」から「B」のところに合わせると、ボタンを押している間だけ、シャッター開放させ続けることができる。「バルブ開放」の略らしい。
人間のカンで何分の一秒をコントロールすることは難しいが、暗くなりきってからなら、開放時間が2秒とか10秒とかになるので、逆に撮りやすくなるのだ。

開放時間は、例によって、デジカメの方が計算してくれるので、それと同時にシャッターを押し、閉じると同時にシャッターを離す。


カメラ内部ではこんな感じ。ぱっかりと解放。
ふたつ並べて、同じタイミングでシャッターを開閉する。

そうやって、右上のシーンで撮れたのがこの写真だ。


シャッター開放、2秒。新宿駅、小田急百貨店側。

説明するとあっさり撮れたように思えるが、実際の作業は、わりと不安を伴う。

夜景に向けて、ぱしゃ!っとフィルムを何秒間か夜空に晒し、また閉じる。フィルムなので、実際に撮れているかどうかは、現像ができるまで分からない。
これを夜の新宿を歩きながら延々と繰り返す。なんか、夜の空気を集めている魔法使いになった気分だった。


魔法の杖(三脚)を持ち、夜の新宿をぐるぐると回る。

なので、現像ができて、無事に撮れていることが分かった感動は、ひとしおだった。そういえばかつて僕らは、写真の現像袋を開ける瞬間に一喜一憂していた。

ブルーハーツの甲本ヒロトは、「レコードを開けて針を落とし、聞いて、最後にジャケットにしまうまでが音楽だ」と言っていたらしいが、僕も「カメラにフィルムを装着し、撮って、現像が出来上がってくるまでが写真だ!」と言いたくなる。(とはいえ、明日からまた、普通にデジカメを使うと思うけど)

まあ、そうやって苦労しながら、壊れたカメラで撮った夜の新宿を最後に何枚か紹介してみたい。

 

夜の新宿、開放写真 〜都庁から歌舞伎町まで〜


東京都庁。開放30秒。動くとカメラが揺れるので意外と大変。

西新宿。開放12秒。 車の列が切れるのを待った時間、5分。

晩秋の東京は、5時にはもう暗い。
が、街にはまだ親子連れがたくさんいて、僕に対する子供の食いつきが異常にいい。三脚が珍しいようだ。

こういうポケモンでもいるのか??

僕が体を固定して、真剣にシャッターを開放しているのに、興味津々で寄って来る。
全力で「来るな!」オーラを放つのだが、子供は容赦なく無防備に近づいてきて、何枚か台無しになるところだった。
子供たちの中には「カメラマン=善」の図式でもあるのかもしれない。

歌舞伎町入り口。開放0.5秒のギリギリ勝負。

ザ・イルミネイション。開放2.5秒。

深海に潜るように、フィルムへ集中する意識。

新鮮な感覚だった。
壊れたカメラでのフィルム撮影には、デジタルよりずっと高いレベルで神経を集中させる必要があった。
デジカメのアシストを借りつつとは言え、不安な思いの中、一枚一枚をフィルムに光を刻んでいく作業はエキサイティングだったし、現像から上がった写真への強い気持ちは、ひとかたならないものがあった。

余談だが、そのように意識を強く集中させている最中に、「加藤先生!」と声をかけられ、心臓が飛び出るくらい驚いた。仕事で理科を教えている高校生たちが、たまたま新宿に遊びに来ていたのだ。
驚きのあまり、切ったばかりのシャッターを離してしまい、フィルムを一枚分むだにした。
深海から引きずり出された深海魚のように動転し、三脚まで倒しそうになった僕を見て、高校生たちは不思議そうに笑っていた。

無駄にした一枚。これもフィルムの醍醐味?

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