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はっけんの水曜日
 
東京大阪の同じ町しらべ

東京と大阪の佃

佃というと、全国的に有名なのは佃煮の発祥地である東京の佃なんだろうけど、その佃は大阪西淀川区の佃からやってきた人達が作った島だというのだ。


本家本元大阪の佃

出張が転勤に

その昔、大阪の佃は漁師町で、江戸時代に将軍家に魚を献上するために半年間江戸に行って漁をしていたのが、移動が大変だからと江戸に移り住んだということのようだ。
頻繁に東京へ出張するのが大変だから東京支社を作って引っ越してしまえ、という話は今でもありそうだけど、当時もそんな感じだったようだ。


最寄り駅、千船駅のスーパーはマンモスだった
大阪の佃中学校
でかい団地が建っていた
でも、古い建物もある

東京の佃

そしてその、大阪からやってきた漁師たちがえっさほいさと島を作って(!)、住むようになったのがここ、東京の佃だ。
その人達(33人だそうです)が、江戸の漁業文化発展に大きく影響を与えたというんだから、きっかけというのはどこにあるかわからない。


東京の佃

東京の佃も大阪と同じように現在は川にはさまれた立地で、大きな団地と古い家屋が混在するという、とても似た環境だった。
それが地形的に似ているからなのか、それとも起源が同じからなのか、その両方なのかはわからないが、とてもおもしろい事だと思う。


巨大マンション群 佃リバーシティ
こちらは東京の佃中学校
大阪の写真と同じくらいの時代の建物だろうか
この辺の家には表札と一緒に「佃○」とかの屋号が掲げてある

住吉神社がある

大阪からやってきた漁師たちは、この佃島に神社を造った。
それが住吉神社だ。


住吉さんを作っちゃった

大阪佃から分霊

この住吉神社は、大阪の佃にあった現田蓑神社(住吉三神を祀っていて、当時は住吉神社と呼ばれていた)から分霊して創建されたものだ。
ここでぐるっと巡って住吉大社とのつながりがでてくるわけである。
歴史ロマン萌え〜だ。


読みにくいがそういうことが書いてある

日本橋に行けず

んで、一番の有名同名地名である「日本橋」なのだが、大阪滞在中にさて移動しようと思って電車に乗った瞬間に、帰りの飛行機の時刻を勘違いしていたことに気付き、行くことができなかった。
あわてて電車を降りてタクシーで伊丹空港に向かってぎりぎり間に合ったのだが、久しぶりにスリルを味わった。
困ったことにものすごくお腹がすいていたので、チェックインだけ済ませて空港のレストランに入ったら、そこいらじゅうで僕の名前を「お急ぎください」とアナウンスしていて、とてもじゃないけどゆっくり食べておられず、おかずをつつんとつまんで飛行機に乗った。


そんな話はともかく、地名というのは、数百数千年前から続く由緒正しいものでも、ひょっとすると、けっこう雰囲気でひょいとつけてしまったのが残ってしまっていることも多いのではないだろうか、と想像している。
そんな、こともするとちょっとした思いつきかもしれない地名が、後世のひとに愛されるというのは、とてもいい話なのではないだろうか。

将来僕が世界征服などした際は、伊丹空港のあたりは「しょうが焼きつっつき町」になって、未来永劫地域の人に親しまれるかもしれないのである。

くやしい思い出として写真を撮った

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