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ちしきの金曜日
 
未完だけどお遍路体験記

標高160mの小さな峠
朝7時から多くの参拝客がお参りする青龍寺

雨に負けた

中断?続行?悩んだ末、歩きつづけることを決意してからの3日間は最も順調に進んだ3日間だった。
梅雨の中休みとして雨も降らない、足裏のマメもあまり気にならない、ストレスなく歩くことができた。

そうなるとお遍路は楽しい。
何かを目指して、この場合は次のお寺を目指して、歩いていくということが楽しいとは、子供の頃に忘れた感覚を取り戻したみたいだ。
無心で歩く、汗をかきながら峠を歩く、自分へのご褒美を考えながら歩く、お遍路なんてしちゃって俺ってカッコイイかも・・・と少しナルな気分で歩く、どれも楽しい。

結果的には、その4日後、最長区間である足摺岬に向かう途中でお遍路を中断している。
快調に思えた3日間、次の日にはマメ、またその次の日からは雨に悩まされることになる。
どっちも修行の一環、それすらを楽しむのがお遍路、と言われてしまえば、それまでである。

今日は雨でも明日は晴れ、というわけには行かない梅雨空。
この頃、携帯サイト内で天気予報を見ると、1週間先までずっと雨だったような気がする。
乾くことのない靴と靴下、濡れたままの服、雨でべとつく体、どんよりとした空、それがこの先1週間・・・、そんなことを考えていたら心が折れた。
最後の3日間は中断か続行かの葛藤の連続だった、でもどこかで、結局は最後までやっちゃうんだろうなと思っていたのに、あるとき急に心が折れた。
お遍路を始めてから18日目、6月24日の午後には高松行きの電車に乗っていた。
いつか言われた、「その日のことだけを考える」ってことができなかった。
一旦やめることを決めたときは、もう雨の中歩かなくてもいいんだという安心感が一番に訪れた。
そして日が経つにつれ、後悔の気持ちが大きくなってきた。
初志貫徹できずに、区切りというかたちをとったが、絶対にまた周るつもりである。

 

お遍路初日、菅笠もまだ被っている
キャリーを利用すると肩への負担が減る
杖を2本使うようになった

歩き旅のコツ

荷物を背負っての歩き旅は、肩と足へのストレスが半端ない。
しかし、それも装備次第では大きく軽減できる。
僕は予算が・・・、と言って、装備にかけるお金をケチっていた。
ドンキ・ホーテーで買った2000円のバッグに、靴は前から履いていたスニーカーを流用。

荷物を背負っている肩が最初にいかれた。
肩に食い込むようなストラップのせいで、もう初日の午後くらいから、鈍く重い痛みが常につきまとうようになった。
それをないものにしてくれたのが、キャリー、荷物を載せてコロコロ転がして引くヤツ。
正に肩の荷がおりて、快適に進めるようになった。
ただ、キャリーの欠点は、舗装路以外、山道ではまったく役に立たず、正にお荷物になる。
この欠点が大きく、キャリーはすぐに手放した。

ドンキで買ったバッグも途中で手放した。
ちゃんとしたバッグを買ったからだ。
新しいバッグは腰で背負うことができ、肩への負担が驚くほど減った。
今まで、1時間も連続で背負っていることができなかった荷物だったが、バッグを替えたら2時間くらいは背負いつづけることができるようになった。

また、途中で靴も買い替えた。
スニーカーがつぶれた為、新しくウォーキング用のシューズを買った。
軽いし、足裏へのストレスが軽減した。
装備にかけるお金はケチってはいけないとつくづく思う。

菅笠は日差しを防いでくれるが、風にあおられてウザイので、2日目からはもうつけなくなった。
杖を2本持つようになった。
2丁杖は四駆のようなもの、山道を登るとき下るとき、両方で効果を発揮する。
一度使うとやめられなくなる、なのに2丁杖の人は僕以外は、僕のお師匠さん以外見かけることはなかった。
もし、歩きお遍路をやる機会があれば、2丁杖試してみてください、はまると思います。

歩き旅において大きな障害となるのが、足裏のマメ。
休憩時は靴も靴下も脱ぐ、午前と午後で靴下を替える、テーピングを貼るなど予防にはかなり気を使っていたはずなのだが、後半はマメに悩まされることがしばしば。
マメができたら針などを使ってその日のうちにつぶす、それでも次の日にはまた同じ場所にできる。
マメができない靴、そんなのがあれば3万円出してでも買いたい。

 

焼坂峠、峠は辛いものではなくお遍路を充実させてくれるもの

心を清める旅、お遍路

心を清める旅、遍路道の各所に書かれていた言葉。
僕の心は清められたのでしょうか?
それは解りませんが、お遍路の旅を通して僕が強く感じていたことは、生きているということの喜びみたいなものだ。
峠道のような困難を自分の力で越えていく、その後には大きな達成感が待っていて、この達成感こそ生きている喜びだ。
(予算の関係上)贅沢でない食事と、最低限の寝床で生活する、そういう生活だからこそ生々しく生きているということが実感できる。
今までなかなか感じることがなかったものだ。
途中で断念したことは残念だし、情けないことだと思っているけど、お遍路の旅自体は大いに有意義だった、と信じたい。

今度、四国に行くときは、結願したいな。


 

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