へんなところで自信をつけた
ふりかえれば、ぼくはこれまでけっこう地下鉄の記事を書いてきた(「駅のパイプを鑑賞する」「地下鉄ホームのその先」「ぽっかりスペース」「地下鉄階段ののっぺり壁」など)。
いわゆる鉄道好きではまったくないのだが、地下鉄は面白いと思う。車両は興味ないけど。
とにかく、いま見返してもいずれも分かりづらい。なんだよ「ぽっかり」とか「のっぺり」とか。
しかし、今回のこの階段もその魅力が分かりづらい。
いや、この記事でみなさんに魅力が伝わらないのだとしたら、それはぼくの力量不足であって、ボトルネック階段のせいではないのだが。
実は過日、このボトルネック階段について記事を書きたい、とデイリーポータルZの編集会議で申し上げたところ、反応が芳しくなかった。「えーと、なにそれ?」って感じで。
「なにそれ」的な記事を書かせたら日本一であるわれらがデイリーのライターたち。彼らに「なにそれ」って言われるというのは、ネタとしてかなり一般性に欠けるということだ。正直、今回記事にすることを躊躇した。
しかし、先日とある友人が地下鉄の入り口でいったのだ「地下鉄の階段がくねって曲がって狭くなるの、いいよね」と!
ぼくだけじゃなかった!だとすればこれは日本中に仲間がいるに違いない!
ということでこうやってご紹介するしだいだ。ね、みんなぐっとくるよね?ね?まさか日本に2人だけじゃないよね?
まあ、その友人っていうのはエスカレーター好きなので、まあ、なんというか、あれですが。
いざとなると名品はなかなかない
さて、じぶんの感受性の正当化が済んだところで先に進もう。
じつは前ページで紹介してきたものは、なかなかの作品なのだ。今回取材してまわっておどろいたのは「思ったよりいい物件がない」ということだ。
日常的に地下鉄を利用しているぼくの記憶だと、ほとんどの階段がボトルネックなもだったのだが、実際はそうではなかった。
記憶は美化されるのだ。